77話 「再波」
人生は、
大きな出来事だけで変わる訳じゃない。
あの日みたいに、
たまたま空いた休日が、
誰かとの再会に繋がる事もある。
四月下旬。
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日曜日の朝。
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カーテンの隙間から、
柔らかい光が部屋へ落ちている。
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蒼はゆっくり目を開けた。
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隣では、
澪がまだ布団に包まっている。
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静かな朝だった。
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工場を辞めてから、
曜日感覚は少し曖昧になった。
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でも日曜の空気だけは分かる。
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街全体が、
少しゆっくりしている感じ。
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蒼は天井を見ながら考える。
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今日は業者も休み。
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店行って、
細かい所でも進めるか。
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そんな事をぼんやり考えていると。
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「ねぇ」
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眠そうな声。
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「ん?」
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澪が布団から少し顔を出す。
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「今日さ」
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「デート連れてって!」
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蒼が少し笑う。
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「急だな」
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「いいじゃんたまには」
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「まぁいいけど」
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澪は少し起き上がる。
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寝癖のついた髪のまま、
にやっと笑った。
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「あと今日、店の話禁止ね?」
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「なんだそれ」
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「禁止ったら禁止!」
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「はいはい」
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最近、
本当に店の話ばかりだった。
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内装。
工事。
備品。
オープン準備。
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未来の話ばかりしている。
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でも今日は、
何も考えない日にしたかった。
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昼前。
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ショッピングモールへ向かう車の中。
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助手席の澪は、
窓を少し開けている。
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春の風が入ってきた。
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「気持ちいいね」
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「だな」
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信号待ち。
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何気なく横を見る。
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澪が外を見ながら、
少し笑っていた。
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その顔を見ると、
何か安心する。
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ショッピングモールは、
休日らしく人が多かった。
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家族連れ。
学生。
カップル。
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澪は色んな店へ入っていく。
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「これとか、置いたら可愛くない?」
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「お前さ…」
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澪が止まる。
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「……あ」
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「ほらな」
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「いやでもこれはしょうがないじゃん」
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「朝、店の話禁止って言ったのお前だろ」
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澪が吹き出す。
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「無理だった」
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「早すぎんだよ」
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服を見たり。
雑貨を見たり。
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試着室から出てきた澪が、
蒼を見る。
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「どう?」
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白いシャツに、
少しゆるめのデニム。
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シンプルなのに、
妙に似合っていた。
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「いいじゃん」
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「その“いいじゃん”雑なんだよなぁ」
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「いや本当に似合ってるって」
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澪は嬉しそうに笑う。
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昼。
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少し落ち着いた店に入る。
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窓際の席。
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料理を待ちながら、
澪がスマホを見て笑う。
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「これ見て」
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「ん?」
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画面には、
サーフィン始めた頃の動画。
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波に押されて、
派手に転んでいる澪。
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蒼が吹き出す。
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「お前これ、叫び声すげぇな」
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「だって怖かったんだもん」
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「最初波来るたび叫んでたよな」
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「蒼めっちゃ笑ってたし」
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「面白かったからな」
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澪が笑いながら、
ストローを弄る。
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「なんかさ」
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「海行き始めた頃思い出すね」
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「だな」
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少し静かな時間。
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窓の外を、
家族連れが歩いていく。
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澪がぽつりと言った。
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「私ね、あの日本当は仕事だったんだよ」
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「そうなの?」
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「うん」
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「店長に急に“休み変わって〜”って言われて」
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「それで急遽休みになったの」
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蒼は少し笑う。
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「そんな感じだったのか」
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「うん」
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「で、暇だったから海行こうかなって」
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「サーフィンも、一人で出来そうだったし」
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料理が運ばれてくる。
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湯気がゆっくり上がる。
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澪は少し笑った。
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「そしたら蒼いた」
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蒼が苦笑する。
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「すげぇ偶然だな」
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「ね」
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澪は少しだけ視線を落とした。
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「最初、蒼だって気付かなかったんだよ」
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「まぁ高校ん時と全然違ったろ」
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「うん」
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「なんか……別人みたいだった」
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蒼は黙って聞く。
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「あ、でも悪い意味じゃなくてね?」
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「分かってるよ」
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澪は少し笑った。
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「でも途中で思い出したの」
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「高校辞めてった蒼だって」
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「よく覚えてたな」
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「まぁ……ちょっと気になる人だったし」
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蒼の手が少し止まる。
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澪は少し照れくさそうに笑った。
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「ほら、あんまり人と群れない感じだったじゃん」
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「なのに優しかったし」
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「そんな優しくねぇよ」
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「いや優しかったよ」
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澪は少しだけ真面目な顔になる。
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「でも海で会った時さ」
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「全部諦めてる人みたいだった」
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蒼は少し目を伏せる。
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あの頃は本当に、
どこに向かえばいいのか分からなかった。
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海に入ってる時だけ、
頭が静かになる。
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ただそれだけだった。
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澪が少し笑う。
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「でもサーフィンしてる時だけ、ちょっと楽しそうだったんだよね」
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蒼も少し笑った。
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「お前も、無理して笑ってたけどな」
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澪が止まる。
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「……バレてた?」
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「まぁなんとなく」
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「そっかぁ」
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少し静かな時間。
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料理の湯気が、
ゆっくり上へ消えていく。
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澪がぽつりと言う。
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「あの時さ」
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「まさか一緒に店やるとは思わなかったね」
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「思わねぇよ普通」
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蒼は少し笑って、
水を飲む。
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「こんな毎日一緒に居るとも思ってなかったし」
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澪が少し笑う。
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「飽きた?」
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「いや」
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蒼は自然に言った。
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「むしろもう、これが普通になってる」
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澪の表情が、
少しだけ止まる。
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「……そっか」
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「怖くない?」
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「ん?」
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「店とか、一緒にやるの」
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蒼は少し考える。
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不安が無い訳じゃない。
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これから先、
上手くいく保証なんてどこにも無い。
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でも。
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「まぁ不安はあるけど」
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「澪となら、何とかなる気してる」
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澪は何も言わない。
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ただ、
嬉しそうに笑った。
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夕方。
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再びショッピングモールを歩いていると。
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蒼の足が、
少しだけ止まった。
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前から歩いてくる。
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沙耶香。
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その隣には、
男。
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そして。
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蓮。
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三人で、
何か話しながら笑っている。
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蓮も、
すごく楽しそうだった。
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蒼は何も言わない。
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ただ、
静かにその姿を見る。
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向こうは、
気付いていない。
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そのまますれ違う。
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蒼も、
振り返らない。
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でも。
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少しだけ、
表情が柔らかくなった。
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隣で歩いていた澪が、
小さく言う。
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「楽しそうだったね」
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蒼は少し間を置いて、
頷いた。
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「ああ」
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それだけだった。
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変に悲しくもしない。
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無理に忘れようともしない。
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大事な時間だったから。
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そのまま、
二人は歩いていく。
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夕方の光が、
ガラス越しに静かに床へ落ちていた。
過去を忘れるんじゃなく、
大事な思い出として抱えたまま前へ進む。




