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波待ち。  作者: 阿部兄弟
最終章 REHARBOR

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77/84

77話 「再波」

人生は、

大きな出来事だけで変わる訳じゃない。


あの日みたいに、

たまたま空いた休日が、

誰かとの再会に繋がる事もある。



四月下旬。




日曜日の朝。




カーテンの隙間から、

柔らかい光が部屋へ落ちている。




蒼はゆっくり目を開けた。




隣では、

澪がまだ布団に包まっている。




静かな朝だった。




工場を辞めてから、

曜日感覚は少し曖昧になった。




でも日曜の空気だけは分かる。




街全体が、

少しゆっくりしている感じ。




蒼は天井を見ながら考える。




今日は業者も休み。




店行って、

細かい所でも進めるか。




そんな事をぼんやり考えていると。




「ねぇ」




眠そうな声。




「ん?」




澪が布団から少し顔を出す。




「今日さ」




「デート連れてって!」




蒼が少し笑う。




「急だな」




「いいじゃんたまには」




「まぁいいけど」




澪は少し起き上がる。




寝癖のついた髪のまま、

にやっと笑った。




「あと今日、店の話禁止ね?」




「なんだそれ」




「禁止ったら禁止!」




「はいはい」




最近、

本当に店の話ばかりだった。




内装。


工事。


備品。


オープン準備。




未来の話ばかりしている。




でも今日は、

何も考えない日にしたかった。




昼前。




ショッピングモールへ向かう車の中。




助手席の澪は、

窓を少し開けている。




春の風が入ってきた。




「気持ちいいね」




「だな」




信号待ち。




何気なく横を見る。




澪が外を見ながら、

少し笑っていた。




その顔を見ると、

何か安心する。




ショッピングモールは、

休日らしく人が多かった。




家族連れ。


学生。


カップル。




澪は色んな店へ入っていく。




「これとか、置いたら可愛くない?」




「お前さ…」




澪が止まる。




「……あ」




「ほらな」




「いやでもこれはしょうがないじゃん」




「朝、店の話禁止って言ったのお前だろ」




澪が吹き出す。




「無理だった」




「早すぎんだよ」




服を見たり。


雑貨を見たり。




試着室から出てきた澪が、

蒼を見る。




「どう?」




白いシャツに、

少しゆるめのデニム。




シンプルなのに、

妙に似合っていた。




「いいじゃん」




「その“いいじゃん”雑なんだよなぁ」




「いや本当に似合ってるって」




澪は嬉しそうに笑う。




昼。




少し落ち着いた店に入る。




窓際の席。




料理を待ちながら、

澪がスマホを見て笑う。




「これ見て」




「ん?」




画面には、

サーフィン始めた頃の動画。




波に押されて、

派手に転んでいる澪。




蒼が吹き出す。




「お前これ、叫び声すげぇな」




「だって怖かったんだもん」




「最初波来るたび叫んでたよな」




「蒼めっちゃ笑ってたし」




「面白かったからな」




澪が笑いながら、

ストローを弄る。




「なんかさ」




「海行き始めた頃思い出すね」




「だな」




少し静かな時間。




窓の外を、

家族連れが歩いていく。




澪がぽつりと言った。




「私ね、あの日本当は仕事だったんだよ」




「そうなの?」




「うん」




「店長に急に“休み変わって〜”って言われて」




「それで急遽休みになったの」




蒼は少し笑う。




「そんな感じだったのか」




「うん」




「で、暇だったから海行こうかなって」




「サーフィンも、一人で出来そうだったし」




料理が運ばれてくる。




湯気がゆっくり上がる。




澪は少し笑った。




「そしたら蒼いた」




蒼が苦笑する。




「すげぇ偶然だな」




「ね」




澪は少しだけ視線を落とした。




「最初、蒼だって気付かなかったんだよ」




「まぁ高校ん時と全然違ったろ」




「うん」




「なんか……別人みたいだった」




蒼は黙って聞く。




「あ、でも悪い意味じゃなくてね?」




「分かってるよ」




澪は少し笑った。




「でも途中で思い出したの」




「高校辞めてった蒼だって」




「よく覚えてたな」




「まぁ……ちょっと気になる人だったし」




蒼の手が少し止まる。




澪は少し照れくさそうに笑った。




「ほら、あんまり人と群れない感じだったじゃん」




「なのに優しかったし」




「そんな優しくねぇよ」




「いや優しかったよ」




澪は少しだけ真面目な顔になる。




「でも海で会った時さ」




「全部諦めてる人みたいだった」




蒼は少し目を伏せる。




あの頃は本当に、

どこに向かえばいいのか分からなかった。




海に入ってる時だけ、

頭が静かになる。




ただそれだけだった。




澪が少し笑う。




「でもサーフィンしてる時だけ、ちょっと楽しそうだったんだよね」




蒼も少し笑った。




「お前も、無理して笑ってたけどな」




澪が止まる。




「……バレてた?」




「まぁなんとなく」




「そっかぁ」




少し静かな時間。




料理の湯気が、

ゆっくり上へ消えていく。




澪がぽつりと言う。




「あの時さ」




「まさか一緒に店やるとは思わなかったね」




「思わねぇよ普通」




蒼は少し笑って、

水を飲む。




「こんな毎日一緒に居るとも思ってなかったし」




澪が少し笑う。




「飽きた?」




「いや」




蒼は自然に言った。




「むしろもう、これが普通になってる」




澪の表情が、

少しだけ止まる。




「……そっか」




「怖くない?」




「ん?」




「店とか、一緒にやるの」




蒼は少し考える。




不安が無い訳じゃない。




これから先、

上手くいく保証なんてどこにも無い。




でも。




「まぁ不安はあるけど」




「澪となら、何とかなる気してる」




澪は何も言わない。




ただ、

嬉しそうに笑った。




夕方。




再びショッピングモールを歩いていると。




蒼の足が、

少しだけ止まった。




前から歩いてくる。




沙耶香。




その隣には、

男。




そして。




蓮。




三人で、

何か話しながら笑っている。




蓮も、

すごく楽しそうだった。




蒼は何も言わない。




ただ、

静かにその姿を見る。




向こうは、

気付いていない。




そのまますれ違う。




蒼も、

振り返らない。




でも。




少しだけ、

表情が柔らかくなった。




隣で歩いていた澪が、

小さく言う。




「楽しそうだったね」




蒼は少し間を置いて、

頷いた。




「ああ」




それだけだった。




変に悲しくもしない。




無理に忘れようともしない。




大事な時間だったから。




そのまま、

二人は歩いていく。




夕方の光が、

ガラス越しに静かに床へ落ちていた。

過去を忘れるんじゃなく、

大事な思い出として抱えたまま前へ進む。


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