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波待ち。  作者: 阿部兄弟
最終章 REHARBOR

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76/84

76話 「航路」

誰かと生きていくという事は、

きっと、

幸せを信じ直す事なんだと思う。


四月。




昼過ぎの海沿いは、

春の匂いがしていた。




少し暖かい風。




空も高い。




店の前には、

業者の車が何台か停まっている。




内装工事は、

もうほとんど終盤だった。




「うわ」




「めっちゃ店じゃん」




楓が入口の前で立ち止まる。




見上げた先。




入口の上には、

新しい看板。




“REHARBOR”




楓は少し目を細めた。




「いいじゃん」




「2人にめちゃくちゃ合ってる」




蒼は少し照れくさそうに笑う。




「そうか?」




「うん」




楓は看板を見たまま言った。




「名前も深いし」




「……本当に兄貴が考えた?」




蒼が眉を寄せる。




「失礼だな」




「いやもっとこう、

 “SEA CAFE”みたいなの想像してた」




「俺そんな浅くねぇよ」




「どうだか」




楓が笑う。




その顔を見ながら、

蒼も少し笑った。




昔は、

こんな風に笑う事も少なかった。




父親が死んでから。


離婚してから。




家族の会話は、

どこか気を遣うものになっていた。




でも最近は違う。




少しずつ、

ちゃんと家族に戻れている気がした。




店の中へ入る。




木の匂い。


ペンキの匂い。


コーヒー豆の香り。




全部がまだ新しい。




「うわぁ……」




楓が店内を見回す。




「めっちゃ落ち着くじゃん」




「ここ絶対長居する人いるよ」




「だといいけどな」




蒼が言う。




カウンターの位置。


テーブルの配置。


照明。




全部、

二人で考えた。




サーファーだけじゃなく。


地元の人も。


仕事帰りの人も。




ふらっと来て、

少し息を抜けるような場所。




そんな店にしたかった。




楓はカウンターに肘をつきながら、

蒼を見る。




「てかさ」




「結婚すんの?」




蒼の動きが少し止まる。




「……急だな」




「いや普通に気になるでしょ」




「一緒に住んで、一緒に店始めるんだよ?」




「それってもう、人生一緒って事じゃん」




蒼は少し黙った。




確かに、

そうだった。




もうただの恋人ではない。




仕事も。


生活も。


未来も。




全部、

一緒になり始めている。




「……でも俺ら、そんな付き合い長い訳でもないし」




楓は即答した。




「この歳になったら期間とかじゃないでしょ」




「大事なのって、覚悟あるかどうかじゃん」




蒼は何も言わない。




楓は続けた。




「兄貴さ」




「一回失敗してるから、慎重なのは分かるよ」




「でも澪ちゃん、多分覚悟決めてると思う」




その言葉に、

蒼は少しだけ目を伏せた。




分かっている。




澪が、

どれだけ本気か。




どれだけ自分を信じて、

隣に居てくれているか。




だからこそ、

怖い。




また失う事が。




また壊す事が。




家族って、

簡単じゃないと知っているから。




楓はそんな蒼を見ながら、

少し笑った。




「まぁでも」




「今の兄貴見てると、前より全然良い顔してるよ」




「ちゃんと前向いてるっていうか」




蒼は少し照れくさそうに笑う。




「お前、最近やたら上からだな」




「ま、大人になったんで」




「自分で言うな」




店の窓から、

海が見える。




春の光が、

店の床へ差し込んでいた。




楓はその景色を見ながら、

ぽつりと言う。




「でもさ」




「親父、絶対喜んでると思う」




蒼は少しだけ止まった。




父親。




最近、

よく思い出す。




工場で働いていた背中。


不器用な会話。


煙草の匂い。




もっと色々、

話せば良かったと思う。




でも。




今の自分を見たら、

少しは安心してくれるだろうか。




そんな事を思う。




夕方。




楓が帰る準備をする。




入口まで見送る蒼。




楓は店を見上げた。




入口の上。




“REHARBOR”




潮風の中、

静かに揺れている。




「店オープンしたらさ」




楓が言う。




「ちゃんと腹括れよ」




蒼が苦笑する。




「何だよそれ」




楓は少し笑った。




「兄貴、幸せになるの下手だから」




その言葉に、

蒼は何も返せなかった。




でも。




心のどこかで、

もう分かっていた。




多分自分は、

これから先も澪と生きていく。




この店で。


この海で。




笑いながら、

歳を取っていくんだろうなと。

楓だからこそ、

蒼に言えた言葉があった。

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