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波待ち。  作者: 阿部兄弟
最終章 REHARBOR

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73/84

73話 「息吹」

何も無かった場所に、

少しずつ自分達の時間が増えていく。


三月。


⸻


⸻


朝の空気はまだ少し冷たい。


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でも、

冬の匂いだけじゃなかった。


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窓の外から入る風に、

少しだけ春が混ざっている。


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「んー……」


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澪が布団の中で丸くなる。


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隣では、

蒼がもう起きていた。


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キッチンから、

コーヒーを淹れる音が聞こえる。


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「澪」


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「そろそろ起きろー」


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「はーい……」


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そう返事をしながらも、

なかなか布団から出られない。


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仕事を辞めて数日。


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不思議な感覚だった。


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朝なのに、

職場へ向かわなくていい。


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でも。


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休みとも少し違う。


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むしろ、

今までよりやる事は多かった。


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「今日って何からだっけ?」


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洗面所で顔を洗いながら澪が聞く。


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「午前テナント」


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「昼から買い出し」


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「夕方またテナント戻る」


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「おぉー……」


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「普通に忙しいね」


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蒼が笑う。


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「休みの方が忙しい現象な」


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二人で簡単に朝飯を食べる。


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テレビでは朝のニュース。


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どこかの桜開花予想が流れていた。


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「もう春かぁ」


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澪が呟く。


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「早ぇな」


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蒼も窓の外を見る。


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本当に、

あっという間だった。


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店をやりたい。


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そう話した焼肉屋の夜から、

まだ数ヶ月しか経っていない。


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なのに。


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人生は、

もう動き始めていた。


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海沿い。


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テナント前。


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工事車両が停まっている。


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「おはようございますー」


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蒼が頭を下げる。


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中では職人達が作業していた。


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木材を切る音。


工具の音。


塗料の匂い。


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前来た時より、

かなり店っぽくなっていた。


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「うわ……」


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澪が小さく声を漏らす。


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カウンターの形が出来ている。


照明も付いていた。


壁の色も変わっている。


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「すご……」


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「めっちゃ店じゃん」


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蒼も少し笑った。


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「な」


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まだ途中。


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それでも、

空きテナントだった頃とはもう違う。


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職人の一人が近付いてくる。


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「カウンター、

 この高さで大丈夫ですか?」


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「あ、はい」


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蒼が真剣な顔で確認する。


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澪は少し離れた場所から、

その姿を見ていた。


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工場で働いていた時とも違う。


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でも。


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何かを作っている時の蒼は、

やっぱり少し格好良かった。


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「澪?」


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「ん?」


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「コンセント位置こっちでいい?」


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「あ、うん!」


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慌てて近寄る。


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「ここにさ」


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「コーヒーミルとか置くんだろ?」


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「うん」


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「じゃあこっちの方が使いやすいかも」


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二人で図面を見る。


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少し前まで、

こんな話をする未来なんて想像してなかった。


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昼。


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ホームセンター。


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「広っ」


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澪が辺りを見回す。


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「何でもあるじゃん」


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「まぁ何でもある店だからな」


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カートを押しながら歩く。


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棚。


収納。


照明。


工具。


観葉植物。


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見る物全部が、

今は店に繋がっていた。


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「これ可愛くない?」


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澪がカップを持ち上げる。


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白地に青のライン。


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少しレトロなデザイン。


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蒼が値札を見る。


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「高っ」


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「いやでも可愛いよ?」


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「お前その理由だけで全部選んでない?」


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「だって大事じゃん」


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澪が笑う。


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「お店の雰囲気って」


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蒼もカップを見る。


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「まぁ……」


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「確かにこれはお前っぽい」


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「え?」


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「柔らかい感じ」


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澪は少し照れたように笑った。


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「なにそれ」


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「分かんないけど」


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「なんかそう思った」


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観葉植物コーナー。


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「これとか良くない?」


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「お前絶対枯らすだろ」


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「失礼だなぁ」


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「前サボテン枯らしてたじゃん」


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「……あれは事故」


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「サボテンで事故起きる?」


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二人で笑う。


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買い物カゴは、

少しずつ埋まっていった。


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細かい物ばかり。


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でも。


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そういう小さい物達が、

店を作っていく。


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夕方。


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再びテナントへ戻る。


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西日が差し込んでいた。


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店の中に、

オレンジ色の光が広がる。


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買ってきた物を置いていく。


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カップ。


雑貨。


小物。


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少しずつ。


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本当に少しずつ。


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この場所に、

色が付いていく。


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澪は店の真ん中に立った。


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まだ完成じゃない。


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でも。


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ここはもう、

ただの空きテナントじゃなかった。


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蒼も静かに店内を見る。


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工場を辞めて。


澪も仕事を辞めて。


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不安が無かった訳じゃない。


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正直、

今でも少し怖い。


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でも。


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「……なんかさ」


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蒼が呟く。


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「やっと始まった感じするな」


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澪は静かに頷いた。


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⸻


店の外では、

波の音が聞こえていた。

夢だったはずなのに、

気付けば生活になり始めていた。

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