表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
波待ち。  作者: 阿部兄弟
6章 夢と生活

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
72/84

72話 「蒼と澪」

何者でもなくなる朝は、

少しだけ怖くて、少しだけ自由だった。


朝。




「今日絶対泣く〜……」




開店前。




ラック整理をしながら、

しほがもう半泣きだった。




「いや早いって」




澪が笑う。




「まだ営業始まってもないじゃん」




「だってぇ……」




「澪いなくなるの普通に嫌だもん……」




そこへ店長も来る。




「あ、私も泣くよ?」




「店長までやめてくださいよ」




「無理無理」




「だって寂しいもん」




笑いながら、

でも少しだけ目が赤かった。




店内には、

いつも通り音楽が流れている。




いつもの朝。




でも今日で最後だった。




開店。




「いらっしゃいませー」




何度も言ってきた言葉。




服を畳む。


レジを打つ。


接客する。




いつも通り。




なのに、

全部少し違って見えた。




常連客にも、

何人か声を掛けられた。




「辞めちゃうの?」




「はい」




「でも店やるんです」




「えー!すごいじゃん!」




「絶対行くね」




その言葉が、

素直に嬉しかった。




夕方。




工場。




蒼はロッカーの前に立っていた。




長年使ったロッカー。




傷だらけの扉。




作業着を畳む。




中から、

古い手袋や工具が出てくる。




名札を外す。




『萩原』




その文字を見て、

少しだけ止まる。




十一年。




長かったのか、

短かったのかよく分からなかった。




怒鳴られた日。


喧嘩した日。


辞めたくなった日。




でも。




ここで生きてきた。




「蒼さん」




後輩が来る。




「これ、もう使わないですよね?」




工具を見て言う。




蒼は少し笑った。




「欲しいならやるよ」




「え、いいんすか?」




「使ってやって」




後輩が嬉しそうに笑う。




その顔を見て、

少しだけ昔の自分を思い出した。




その時。




「ほらよ」




先輩が、

缶コーヒーの箱を持ってきた。




「蒼、頑張れよ」




蒼は少し笑う。




「ありがとうございます」




先輩が吹き出した。




「なんだお前気持ち悪りぃな」




「いつもみたいに “あざす”でいいんだよ」




周りも笑う。




蒼も照れくさそうに笑った。




それから。




蒼はみんなの前に立つ。




少し静かになる。




「みなさん」




「この十一年間、本当にお世話になりました」




頭を下げる。




拍手が響く。




「頑張れよ!!」




「店出来たら行くからな!」




「潰れんなよー!」




「縁起悪ぃわ!」




笑い声が広がる。




スマホが震えた。




澪からLINE。




『今日送別会だから』




『夜ご飯適当にお願いね!』




蒼は少し笑う。




『了解』




夜。




居酒屋。




「澪ぉ〜……」




しほがもう泣いていた。




「辞めないでよぉ〜……」




「入った時から一緒じゃ〜ん……」




「いやまだ早いって」




澪が苦笑する。




店長が笑いながら、

しほの背中を叩いた。




「ほらほらしほ」




「困らせないの」




「澪は夢の為に辞めるんだよ?」




「別にもう会えなくなる訳じゃないじゃん」




「お客さんとして来てもらえばいいのよ」




「ね?澪?」




「もちろん行きますよ」




澪がしほを見る。




「しほ、ちゃんと行くから。ね?」




「うん〜……」




「でもお店楽しみだね〜」




「いつ頃完成なの?」




「多分一ヶ月半くらいですかね」




「テナントだから、内装と外観だけなので」




「いいねぇ〜」




一時間後。




「澪ぉ〜〜……」




今度は店長が泣いていた。




「辞めないでよぉ〜〜……」




「店長まで何してるんですか」




しほも横で泣いている。




「澪ぉ〜……」




他の先輩達が止めに入った。




「ほらほら」




「店長もしほも、澪困らせないの」




「もう一回乾杯しましょ!」




「はいはい!」




グラスが持ち上がる。




「んじゃあ!」




「巣立っていく澪に!」




「乾杯!!」




笑い声が響く。




店の外。




冷たい夜風。




澪は深く頭を下げた。




「本当に今までありがとうございました」




「これからもよろしくお願いします!」




店長としほはもうぐだぐだだった。




店長が酔った顔で笑う。




「澪〜!!」




「かっこよく生きろよ〜!!」




「はい!」




澪は笑う。




でも、

その目には少し涙があった。




次の日の朝。




カーテンの隙間から、

冬の光が入ってくる。




澪はぼーっと天井を見た。




それから、

ふと思う。




「あ」




「そうだ」




「仕事辞めたんだ」




隣で、

蒼が少し笑う。




「なんか変な感じだな」




「だなぁ」




澪がニヤッとする。




「ニート?」




「もしかして」




「やめろ」




蒼が笑う。




「今から何者かになるんだよ」




その言葉に、

澪は少し止まった。




何者かになる。




今はまだ、

萩原蒼と一ノ瀬澪。




でもこれから。




二人の店が始まる。




『澪!かっこよく生きろよ〜!』




昨夜の店長の声を思い出す。




澪は小さく笑った。




かっこよく生きよう。




後悔しないように。




第6章  完

別れは寂しい。

でも、その先に進みたいと思える場所があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ