7話 「波間」
会話は続いているのに、
少しずつ、本音が混ざり始める。
軽さの中にあるものと、
言葉にしないまま残るもの。
これは、
二人の“間”が変わっていく時間。
車は海沿いをゆっくり走っている。
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日差しは、もう完全に柔らかい。
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オレンジが、じわっと広がってる。
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少しの沈黙。
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蒼がふと思いついたみたいに言う。
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「澪ってさ、何型?」
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澪が一瞬止まる。
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それから、吹き出す。
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「プッ…なにそれ」
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笑いながら。
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「女子じゃん、その質問」
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その顔。
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さっきと同じ、いつもの笑い方。
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力が抜けてる。
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自然に出てる。
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——ああ
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さっきのは。
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意識してたわけじゃない。
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もう、体に染みついてるやつか。
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蒼は視線を前に戻す。
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澪が答える。
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「O型だよ」
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蒼
「なんだ、同じか」
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澪が少しだけ驚く。
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「え、蒼A型だと思ってた」
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少し笑う。
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「なんか几帳面そうだし」
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蒼は軽く鼻で笑う。
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「適当だよ」
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少し間。
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「割と大事なもん、ちゃんと大事にできなかったりするし」
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澪は一瞬だけ蒼を見る。
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でも、深くは触れない。
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少しだけ考えてから言う。
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「でもさ」
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間。
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「それが当たり前になってるってことじゃない?」
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視線は前のまま。
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「体の一部みたいな」
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蒼は少しだけ考える。
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「そうなのかな」
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少し間。
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「まぁでも、時間は大事にしたいよな」
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ハンドルに手をかけたまま。
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「もう28だし」
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澪が笑う。
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「ほんとだよね」
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「もうすぐ30だよ?」
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少し笑いながら。
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「それで私、サーフィン始めてんだよ」
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「ウケない?」
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蒼は少しだけ笑う。
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「趣味に歳とか関係ないだろ」
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少し間。
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「やることに意味あるし」
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前を見たまま。
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「やってないやつはさ」
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「今日の澪が感じたやつ、知らないままだぞ」
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澪が少しだけ目を細める。
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「なんかいいこと言うじゃん」
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少し笑う。
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「確かにあれはすごかった」
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「普通に生きてたら分かんないやつだね」
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やっぱり。
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この人は変わってない。
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人の目とか、評価とか。
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そういうの、あんまり気にしない。
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でも。
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少しだけ。
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どこかに籠ってる感じもある。
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蒼がふと聞く。
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「そういえばさ」
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澪を見る。
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「なんでサーフィン始めようと思ったんだっけ」
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朝の会話。
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覚えてるはずなのに、あえて聞く。
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澪は少しだけ笑う。
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「蒼さ」
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軽く息を吐く。
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「クラス一緒だったから分かると思うけど」
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少し間。
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「私って、いわゆる一軍女子って感じだったじゃん?」
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蒼は何も言わない。
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澪が続ける。
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「毎日ダラダラして」
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「友達と喋って」
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「それが楽しかったし、青春だったんだと思う」
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少し間。
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「でもさ」
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視線を外に向ける。
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「なんか足りなかったんだよね」
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車の外、夕焼けが流れる。
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「それ、大人になってもずっとあってさ」
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小さく笑う。
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「で、離婚して一人になって」
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少し間。
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「海も近いし」
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「一人でできることって考えたら、サーフィンだった」
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静かになる。
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澪は、空っぽだったわけじゃない。
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ただ。
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中で何かが、ずっと跳ねてるみたいな。
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外に出たくて。
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でも出方が分からなくて。
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誰かに強く弾かれないと、
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上にいけないような。
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そんな感じのやつ。
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オレンジの光が差し込んでくる。
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澪が横を向いたまま言う。
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「蒼は?」
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少し間。
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「いつからやってるんだっけ、サーフィン」
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蒼は前を見たまま答える。
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「18くらい」
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「親父が死んだの、その頃でさ」
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短く。
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でも、重さは残る。
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澪は何も挟まない。
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ただ、静かに聞いてる。
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蒼が続ける。
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「夜勤終わって」
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「妹の弁当作ってるときに」
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少しだけ思い出すように。
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「たまたま友達から誘われて」
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「それが最初」
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車はゆっくり進んでいく。
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夕焼けが、だんだん濃くなる。
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蒼が小さく笑う。
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「やってみたらさ」
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少し間。
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「なんか、どうでもよくなるんだよな」
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視線は前のまま。
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「悩みとか」
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「人間関係とか」
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「全部、ちっぽけに感じる」
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澪が少しだけ頷く。
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「なんか、分かるかも」
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蒼が続ける。
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「そのときだけはさ」
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少し間。
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「忘れられたんだよ」
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「親父のことも」
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「妹のことも」
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「この先どうすんのかも」
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言い切らない。
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でも、全部乗ってる。
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「それから、ずっとやってる」
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澪は何も言わない。
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ただ、少しだけ蒼を見る。
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「蒼」
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指を伸ばす。
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「あそこ」
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右手。
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少し高くなってるパーキング。
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夕焼けに照らされてる。
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蒼は軽く頷く。
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「あぁ」
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ウインカーを出す。
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車がゆっくりと入っていく。
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エンジンを切る。
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静かになる。
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外は、昼でも夜でもない色。
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現実っぽくない時間。
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ドアを開ける。
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風が少しだけ冷たい。
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蒼は車から降りて、少し離れた場所で煙草に火をつける。
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いつもの距離。
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澪はそれを少し後ろから見ている。
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何も言わない。
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でも、さっきまでとは違う空気が流れてる。
何気ない会話の中で、
少しだけ過去が見える。
そして、
言葉にしないものの方が、
強く残ることもある。
このあと、
二人は同じ景色を見ながら、
少しだけ距離を変えていきます。




