6話 「気配」
少しずつ、距離が変わっていく。
軽い会話の中に、
踏み込まない優しさと、
踏み込みたい気持ちが混ざり始める。
これは、再会してすぐの、
まだ名前をつけられない関係の話。
強がりで、何も見せない。目の前にいても、昔とそれは変わらない。
「もしさ…蒼が良ければ」
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澪が少しだけ視線を落としてから言う。
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「またサーフィン、教えてよ」
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さっきまでより、少しだけ言い方が違う。
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軽さの中に、ちゃんと意味がある。
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蒼は一瞬だけ考える。
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「まぁいいけど」
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コーヒーを持ちながら。
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「俺、隣町だし」
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少し間。
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「そんな頻繁には来れないけど」
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澪はすぐに頷く。
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「いいよ」
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迷いがない。
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「ここで出会ったのも、なんかの縁だし」
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蒼は少しだけ笑う。
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「女ってそういうの好きだよな」
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澪は少しだけ眉を上げる。
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「なにそれ」
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軽く笑ってから。
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「この縁を大事にしたいだけ」
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まただ。
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たまに、こういうこと言う。
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軽そうに見えて。
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急に、芯に触れてくる。
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前は、空っぽだと思ってた。
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笑ってるだけで、中身が見えないやつ。
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でも。
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違うのかもしれない。
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——いや
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違うんだろうな。
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気づいてなかっただけで。
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蒼は小さく頷く。
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「そうだな」
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澪が少しだけ嬉しそうに笑う。
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「でしょ?」
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少し身を乗り出して。
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「だからさ」
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一瞬、間を置く。
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「このあと、ちょっとドライブしない?」
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蒼
「ドライブ?」
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澪は頷く。
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「うん」
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窓の外を軽く指す。
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「このまま帰るのももったいないし」
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少し笑う。
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「海の方、ゆっくり流しながらさ」
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蒼は少しだけ考える。
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断る理由は、特にない。
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それに——
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さっきまでの感じを、もう少し続けてもいい気がした。
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「……いいよ」
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短く返す。
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澪が微笑む。
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さっきまでより、少しだけ落ち着いた笑い方。
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その笑顔が、どこか違って見える。
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二人は席を立つ。
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カップの中のコーヒーは、少しだけ冷めていた。
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店を出ると、日差しが少しだけ柔らかくなっていた。
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さっきまでの白い光じゃない。
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オレンジが混ざり始めてる。
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会計は、蒼が先に済ませた。
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レジから戻ると、澪が少しだけ不満そうに言う。
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「なんで私払うって言ったのに〜」
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蒼は肩をすくめる。
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「ポイントつくし、こっちの方が都合いいんだよ」
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軽く流す。
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澪は少しため息をつく。
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でも、強くは言わない。
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「ごちそうさまでした」
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少しだけ考える顔をして。
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「えー、なんかないかなぁ…」
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ふっと顔を上げる。
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「じゃあさ」
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少し笑う。
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「代わりに、とっておきのスポット教えたげる」
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蒼
「なにそれ」
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澪
「まぁまぁ」
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軽く手を振る。
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「道案内するから」
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車に乗る。
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エンジンをかける前。
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澪がバッグを開ける。
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小さく音を立てて、財布を取り出す。
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お金を出す。
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「これ」
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蒼
「え?」
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「ガソリン代」
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当たり前みたいに差し出す。
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蒼は一瞬だけ止まる。
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「いや、いらねぇよ」
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軽く手で戻す。
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「そんなの」
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澪は少しだけ手を止める。
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一瞬だけ、迷う。
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でもすぐに、引っ込める。
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「……そっか」
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小さく言う。
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「ありがとう」
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そのやり取りのあと。
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蒼はエンジンをかける。
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でも。
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さっきの感じが、少しだけ残る。
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——なんだ今の
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違和感。
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慣れてる。
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ああいう動き。
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タイミングも、出し方も。
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迷いがない。
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さっきの会計のときも。
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同じ顔してた。
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当たり前みたいに。
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何かを返そうとする感じ。
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まるで。
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払わないといけないみたいな。
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蒼は横目で澪を見る。
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もう、いつもの顔に戻ってる。
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でも。
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さっきの一瞬だけは、違った。
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「ほら、行こ」
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澪が前を指す。
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「こっちだから」
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蒼は軽く頷く。
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車を出す。
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---でも、その沈黙はどこかいつもと違った。
ここから、二人の“ズレ”が少しずつ見えてきます。
同じ時間を過ごしているのに、
見ているものが少し違う。
でも、その違いがあるからこそ、
ちゃんと近づいていく。
次は、澪が言っていた「とっておきの場所」へ。




