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波待ち。  作者: 阿部兄弟
6章 夢と生活

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69/84

69話 「節目」

失くしたものがあるから、

今度こそ大事にしたい未来がある。


数日後。


⸻


⸻


朝の空気はまだ冷たかった。


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車のフロントガラスが少し白く曇っている。


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蒼はコンビニのコーヒーを片手に、

エンジンをかけた。


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助手席には澪。


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そして。


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「……なんでお前いんの?」


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バックミラー越し。


後部座席。


楓。


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「は?」


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楓が即座に返す。


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「いや、こっちの台詞だけど?」


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「呼んでねぇし」


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「澪ちゃんに呼ばれたの。澪ちゃんいなきゃ何も知らなかったし。」


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蒼の視線が助手席へ向く。


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澪は少しだけ肩をすくめた。


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「だって絶対後から楓ちゃん怒るじゃん」


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「怒るじゃんそれは」


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楓はシートに深く座り直す。


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「なんで私には何の報告もないわけ?」


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「いや、まだちゃんと決まったわけじゃ……」


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「焼肉の時から何ヶ月?」


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「……三ヶ月ちょい」


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「早すぎるだろ普通に」


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その言い方がおかしくて、

澪が少し笑う。


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蒼は前を向いたまま言った。


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「色々重なったんだよ」


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「運も良かったし」


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「周りにも助けられた」


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それは本当だった。


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すだけい。


大家。


澪の両親。


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色んな人間に、

少しずつ背中を押されて、

ここまで来た。


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楓は窓の外を見ながら、

小さく言う。


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「へー……」


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「兄貴もちゃんと考えてんだね」


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「当たり前だろ」


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「いや昔だったら、“なんとかなるべ”で終わってたじゃん」


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蒼は少しだけ笑った。


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否定は出来なかった。


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車は山道へ入る。


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冬の木々。


冷たい空。


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昔から変わらない景色。


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墓地へ着く。


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風が強かった。


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蒼は無言で線香を取り出す。


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ライターの火が、

風で何度か揺れた。


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「風強っ」


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楓が髪を押さえながら言う。


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「お父さん絶対笑ってるじゃん」


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澪が少し笑った。


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蒼は線香を置いて、

静かに手を合わせる。


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目を閉じる。


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鉄工場。


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父親の病室。


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高校を辞めた日。


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離婚した日。


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蓮。


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海。


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色んな景色が、

一瞬だけ頭を過ぎっていく。


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⸻


(親父)


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(俺、やりたい事やるよ)


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(ちゃんと、一緒にやりたいって思える人も出来た)


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(だから、見ててくれ)


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風が吹く。


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遠くで木が揺れる音。


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その時。


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“楽しめよ”


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そんな声が、

聞こえた気がした。


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蒼はゆっくり目を開ける。


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「……行くか」


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誰に言うでもなく、

そう呟いた。


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⸻


帰り道。


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⸻


車の中は少し暖かかった。


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楓がスマホを見ながら言う。


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「で?」


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「いつからやんの」


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「まだ先」


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蒼はハンドルを握ったまま答える。


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「資格も取らなきゃだし」


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「まぁ受講日はもう予約したけど」


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「早っ」


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「あと保健所も行くだろ」


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「内装も決めなきゃだし」


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「なんか色々あんだよ」


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楓が少し感心した顔をする。


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「へぇー……」


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「ちゃんとしてるなぁ」


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「だから当たり前だろ」


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澪が横で笑う。


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そのあと数日。


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本当に、

毎日が早かった。


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食品衛生責任者の講習。


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保健所への相談。


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内装業者との打ち合わせ。


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テーブル。


照明。


床材。


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決める事が山ほどある。


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でも不思議と、

嫌ではなかった。


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夜。


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アパート。


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ローテーブルの上には、

資料やメモが散らかっている。


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澪はソファに座りながら、

ぼーっと天井を見ていた。


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「疲れた?」


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蒼がコーヒーを置く。


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「んー……」


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「なんかさ」


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「うん」


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「急すぎてまだ頭追いついてない」


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蒼が少し笑う。


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「俺も」


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少し静かになる。


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でもその沈黙は、

悪いものじゃなかった。


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ちゃんと、

同じ方向を見ている感じがした。


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⸻


そして。


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その週。


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蒼は工場長へ話をした。


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「ずっと前から言ってた件。やっと実現しそうなので、2ヶ月いっぱいで辞めます。」


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工場長はしばらく黙っていた。


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「……本気なんだな」


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「はい」


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「そうか」


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それ以上、

強く引き止められる事はなかった。


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澪も同じだった。


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バックヤード。


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店長へ話す。


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「二ヶ月いっぱいで辞めようと思ってます」


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少しの沈黙。


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それから、

小さくため息。


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「そっか」


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「寂しくなるね。でも遊びに行くからね?後、飲み会もやるからね?ね!?」


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澪は少し笑った。


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帰り道。


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⸻


冬の夜。


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コンビニの明かりが流れていく。


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助手席で澪が呟く。


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「ほんとに、ここまで来たね」


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蒼は少し間を置いた。


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それから前を見たまま言う。


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「まだ途中だろ」


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その声は、

少しだけ前より強かった。


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背中を押してくれる声は、

もう聞こえないはずなのに、風が吹いた。

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