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波待ち。  作者: 阿部兄弟
6章 夢と生活

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68話 「追風」

人生って、

動き出す時は驚くくらい一気に進む。


日中




鉄工場の休憩室には、

機械油の匂いが染み付いていた。




蒼は缶コーヒーを片手に、

スマホをぼんやり見ている。




午前の作業が長かった。




耳の奥にまだ、

鉄を削る音が残っている。




その時。




スマホが震えた。




『すだけい』




蒼は少し笑って電話に出る。




「もしもし」




『蒼!!』




相変わらず声がデカい。




「うるせぇ」




『この間のテナント!』




「ん?」




『社長が格安で貸すってよ!』




蒼の動きが止まる。




「……は?」




『いやマジで!』




『若い奴が海の近くで店やるなら応援してぇって』




蒼は思わず座り直す。




「いやちょっと待て」




『しかもお前らが思ってるより安いと思う』




「いくら」




すだけいが金額を言う。




蒼は数秒黙った。




「……マジ?」




『マジ』




「いやそれかなりデカいぞ」




『だろ!?』




休憩室の窓の外。




冬の空が白かった。




でも蒼の中だけ、

急に現実が動き始める。




本当に、

出来るかもしれない。




そんな感覚だった。




夜。




「ただいまー」




澪が帰ってくる。




蒼はいつもより少し落ち着かない。




「おかえり」




「なにその顔」




「いや今日さ」




澪はコートを脱ぎながら、

蒼を見る。




「ん?」




「すだけいから電話来て」




「え」




「テナント、格安で貸してくれるらしい」




澪の動きが止まる。




「……え?」




蒼が金額を言う。




澪は目を丸くした。




「安っ……」




「だろ」




「え、そんな下がるの?」




「俺もビックリしてる」




2人とも少し黙る。




嬉しい。




でも。




現実が急に近付いてきた。




澪が小さく息を吐く。




「……本当に大丈夫かな」




蒼はその声を静かに聞く。




「怖い?」




「うん」




少し笑いながら頷く。




「こんな早く進むと思わなかった」




蒼も苦笑いした。




「俺も」




それから少しだけ真面目な顔になる。




「だけどまぁ」




「?」




「貯えはそれなりにあるし」




澪が蒼を見る。




「心配するなって言っても、無理かもしんないけど」




蒼は少し照れくさそうに笑った。




「安心して着いてきてほしい」




澪はしばらく何も言わなかった。




それから小さく笑う。




「……うん」




数日後。




2人でテナントへ向かった。




海の近く。




冬の風。




そこには、すだけいと社長がいた。




「おー来た来た!」




すだけいが手を振る。




社長は50代くらいの、

日に焼けた男だった。




「どうも」




蒼と澪が頭を下げる。




大家は2人を見ながら笑った。




「本当にやる気なんだな」




「はい」




蒼が答える。




「海の近くで、カフェとサーフショップを」




大家は何度も頷いていた。




「いいじゃねぇか」




「若い時なんて、やりたい事やった方がいい」




「……ありがとうございます」




「覚悟あるか?」




蒼と澪は顔を見合わせる。




それから、

ちゃんと頷いた。




大家が笑う。




「よし!」




「もっと安くしてやる!」




「えっ」




「頑張れよ2人とも!」




「若いって本当に素晴らしいんだから」




「好きな事、好きにやれ!」




帰り道。




車の中。




澪はスマホを見つめていた。




「……電話する」




「親?」




「うん」




少し緊張した顔で、

母親へ電話を掛ける。




『もしもしー?』




「もしもし」




澪は事情を説明した。




店の事。


今の仕事の事。




少し沈黙。




そして。




『あのさぁー』




「……うん」




『あんたってなんでそんな事後報告多いわけ?』




「え」




『お母さんそんなに信用無い?』




澪が苦笑いする。




『いいじゃないの!』




『やりたい事やりなよ!』




遠くで父親の声が聞こえる。




『ねぇお父さん!』




その音漏れを聞いて、

蒼が少し笑った。




『ほら、お父さん』




電話が代わる。




『澪』




「うん」




『好きな事で稼ぐって簡単じゃないぞ』




「……うん」




『けど、それ以上にやり甲斐はあるよな』




澪は少し笑った。




「うん」




『蒼君任せにしないで、お前もちゃんとやるんだぞ』




「うん」




『あと、大人なんだから責任は伴う』




『それは分かってるよな?』




優しい声だった。




「うん。ありがとうお父さん」




また母親へ代わる。




『そうそう!』




『それで?』




『いつ結婚するのよ!』




「え!?」




「いやまだその話してない!」




『なんでよ〜!』




『お父さんとお母さんは全然オッケーよ〜?』




「分かったから!」




「とりあえず切るね!」




「その内ご飯食べに行くから!」




『はーい』




通話が切れる。




澪は深く息を吐いた。




「……はぁー疲れた」




蒼が笑う。




「でも良かったな」




「うん」




少し沈黙。




窓の外には、

冬の海。




澪が小さく言う。




「良い両親だな」




蒼が前を見たまま笑う。




「……あぁ」




それから澪が静かに続けた。




「蒼のお父さんにも、報告しに行かなきゃね」




蒼は少しだけ目を細める。




「あぁ、だな」


応援してくれる人の声は、

思っていたよりずっと熱かった。

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