65話 「砂浜」
寒い朝だった。
でも、
未来の話をしてる時間は、
不思議と少しだけあったかかった。
日曜日。
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まだ外が薄暗い時間。
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澪は布団の中で丸くなりながら、
小さく息を吐いた。
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寒い。
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隣では、
蒼がスマホを見ている。
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「波どう?」
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「微妙」
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「じゃあ寝よ」
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「でも人少ねぇって」
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澪は布団を顔まで引き上げる。
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「冬に海入る人ほんと意味わかんない」
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「お前もな」
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「私は今やめようとしてる」
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蒼が笑う。
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少しして、
澪が諦めたように起き上がった。
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「……行くかぁ」
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アパート。
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狭い洗面所に、
2人並ぶ。
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歯磨きの音。
ドライヤー。
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そんな生活音が、
もう自然になっていた。
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澪が髪を結びながら言う。
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「今日絶対寒いよ」
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「冬だからな」
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「当たり前みたいに言うな」
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ウェットスーツとボードを持って、
2人で部屋を出る。
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冬の朝の空気。
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吐く息が白い。
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海までは歩いて行ける距離だった。
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静かな住宅街を並んで歩く。
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コンビニで缶コーヒーを買って、
そのまま海へ向かう。
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「ねむ」
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「帰る?」
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「それは嫌」
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澪が笑う。
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海が見えてくる。
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冬の海。
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人は少ない。
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曇り空。
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波の音だけが静かに響いていた。
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「さむ……」
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「まだ入ってないぞ」
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「もう寒い」
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2人で笑いながら、
砂浜へ降りる。
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海へ入る。
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冷たい。
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でも、
嫌いじゃなかった。
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波待ち。
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少し離れた場所で、
蒼が海を見ている。
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澪はぼんやり思う。
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この人と、
こんな未来になるなんて思っていなかった。
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高校の頃は、
ただ同じ教室にいた人。
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それが今は、
同じ部屋で暮らして、
同じ未来の話をしている。
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不思議だった。
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昼前。
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海から上がる。
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「寒っっ……」
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澪が肩を縮める。
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「だから言ったじゃん」
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「蒼のせいだからねこれ」
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「なんでだよ」
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砂浜を歩く。
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少しだけ日が出ていた。
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その時、
澪が急にしゃがむ。
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「ん?」
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流木を拾って、
砂浜に線を描き始めた。
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「ここカフェ」
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「雑」
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「うるさい」
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蒼もしゃがみ込む。
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「じゃあここボード置く」
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「入口そっち?」
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「海見えた方がいいだろ」
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「たしかに」
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砂浜の上に、
店の間取りが少しずつ出来ていく。
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まだ何も決まっていない。
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でも、
ちゃんと想像している。
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「ここ席」
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「狭くね?」
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「じゃあ広げる」
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「適当すぎ」
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笑いながら、
線が増えていく。
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その時。
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波が少し上がってきて、
描いた線の端を消した。
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「あ」
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澪が笑う。
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「消された」
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「やり直せって事だろ」
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蒼がまた線を描く。
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澪はその横顔を見ながら、
少し笑った。
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シャワーを浴びたあと。
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2人で海沿いのカフェへ入る。
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暖かい店内。
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コーヒーの匂い。
静かな音楽。
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窓際の席へ座る。
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「生き返る……」
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澪がホットコーヒーを両手で持つ。
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蒼もカップを口に運ぶ。
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少し沈黙。
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澪が店内を見渡す。
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視線を戻すと、蒼と目が合う。
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「……やっぱり見ちゃうね」
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澪が小さく笑う。
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「まぁな」
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蒼も店内を見回す。
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照明。
テーブル。
レジの位置。
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前までは、
ただ落ち着く店だと思っていた。
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でも今は違う。
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「もしやるならさ」
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澪がコーヒーを持ったまま言う。
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「こういう木の感じいいかも」
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「お前そういうの好きそう」
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「そっちは?」
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蒼は少し考える。
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「……窓はデカくしたい」
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「海見えるように?」
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「ん」
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澪は少し笑った。
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まだ、
何も決まっていない。
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でも。
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“もし”の話を、
こんな風に出来る日が来るとは思わなかった。
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店を出る。
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外の空気はまだ冷たい。
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蒼が先に歩き出す。
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澪は少し後ろから、
その背中を見る。
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そして小さく笑って、
そのあとを追いかけた。
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ちゃんと形なんて無くても、
誰かと一緒に描いてる時間は、
少しだけ未来っぽかった。




