64話 「輪郭」
未来って、
急に現実になる時がある。
朝。
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澪は、
いつもより少し早く目を覚ました。
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隣では、
蒼がまだ寝ている。
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冬の朝。
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外は薄暗くて、
静かだった。
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でも。
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澪の頭の中だけ、
少し落ち着かなかった。
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昨日の話。
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テナント。
番屋。
すだけい。
話通してみる。
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そこまで具体的になるなんて、
思っていなかった。
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もっと先の話だと思っていた。
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「いつか出来たらいいね」
そんな感じの、
遠い未来。
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でも今は違う。
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少しずつ、
現実の匂いがしている。
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澪は小さく息を吐いて、
布団から出た。
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仕事中。
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店内には、
クリスマスソングが流れていた。
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レジ。
接客。
品出し。
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いつもの仕事。
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でもふとした瞬間に、
昨日の話を思い出す。
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「いらっしゃいませー」
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笑顔を作る。
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でも頭のどこかでは、
別の事を考えていた。
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もし本当に店やるなら。
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どうなるんだろう。
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ちゃんとやっていけるのかな。
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お金。
生活。
責任。
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簡単じゃない。
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それは分かっている。
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澪は服を畳みながら、
ぼんやり思う。
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昔の自分なら、
きっと怖くなっていた。
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無理かもしれない。
やめた方がいいかもしれない。
そうやって、
先に諦めていたと思う。
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でも今は。
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不思議と、
そこまで怖くなかった。
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理由は分かっている。
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蒼がいるからだ。
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あの人は、
ちゃんと考える。
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適当に見えて、
ちゃんと悩む。
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勢いだけで生きてるように見えて、
本当に大事な事は、
ちゃんと背負おうとする。
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だから。
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「……大丈夫かもな」
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澪は小さく呟いた。
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「え?」
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隣のスタッフが振り返る。
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「あ、なんでもない」
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澪は少し笑った。
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夜。
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部屋の灯りがついている。
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仕事を終えた澪は、
少し急ぎ足で帰った。
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玄関を開ける。
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「ただいまー」
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「おかえり」
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蒼の声。
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リビングへ入る。
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そこで澪は少し笑った。
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テーブルの上。
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ノート。
メモ。
スマホ。
電卓。
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「……めちゃくちゃ調べてるじゃん」
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蒼が少しだけ気まずそうに笑う。
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「いや、ちょっと気になって」
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「ちょっとの量じゃないでしょこれ」
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澪がノートを見る。
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『内装費』
『中古エスプレッソマシン』
『ショーケース』
『ボードラック』
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数字もいっぱい書いてある。
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「うわ……現実だ」
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「だろ」
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蒼がコーヒーを飲む。
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「普通に金掛かる」
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「いくらくらい?」
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「ちゃんとやるなら、
まぁまぁ」
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「まぁまぁってなに」
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蒼が少し笑う。
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でもその目は、
昨日より真剣だった。
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遊びじゃない。
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その空気が、
少しずつ部屋に増えている。
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澪はソファに座りながら、
ノートを見つめる。
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そこには、
まだ完成していない未来が並んでいた。
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「ねぇ」
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「ん?」
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「楽しくなってきてるでしょ」
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蒼が少し笑う。
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「まぁな」
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「顔がそう」
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「そっちもな」
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澪は小さく笑った。
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少し前まで。
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未来の話なんて、
怖いだけだった。
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でも今は違う。
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もちろん不安もある。
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簡単じゃない事も分かる。
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それでも。
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同じ方向を見ている人がいるだけで、
こんなにも違うんだと思った。
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蒼がノートへまた何か書き込む。
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「なに書いてんの」
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「コーヒーマシン高ぇ」
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澪が吹き出す。
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「そこ?」
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「いや普通にビビる」
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「頑張って働こ!」
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「現実的」
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2人で笑う。
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窓の外。
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冬の夜。
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静かな部屋の中で、
少しずつ未来が形を持ち始めていた。
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不安が無いわけじゃない。
でも、
1人じゃないだけで少し違った。




