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波待ち。  作者: 阿部兄弟
5章 居場所と未来

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60話 「夢と背中」

未来の話なんて、

ずっと遠いものだと思っていた。


でも、

誰かと笑いながら話せる未来なら。


少しだけ、

見てみたくなる。


焼肉屋の煙が、

ゆっくり天井へ上っていく。




「いやー卒業したわぁ……」




楓がジョッキを持ちながら、

ぐったり椅子へ寄り掛かる。




「まだ何も始まってないだろ」




蒼が肉をひっくり返しながら言う。




「それな」




澪が笑う。




「でも楓ちゃんほんと頑張ったよね」




「まぁね〜?」




楓が得意げに笑う。




「兄貴が褒めないから、

澪ちゃんもっと言って」




「うぜぇな」




蒼が苦笑いする。




網の上で肉が音を立てる。




店の中は賑やかだった。


でも、

3人の空気はどこか落ち着いている。




「で?」




澪が肉を取り分けながら言う。




「卒業した楓さんは、

これからどうするんですか?」




楓が少しだけ真面目な顔になる。




「んー……」




箸を回しながら考える。




「やっぱトレーナーかな」




「スポーツの?」




「うん」




楓が頷く。




「出来ればさ、

オリンピック選手とか見るような、

ちゃんとしたトレーナーになりたい」




蒼が少し目を細める。




楓は昔から、

誰かを支える側の人間だった。




バスケ部の頃もそうだ。


怪我した後輩の面倒見たり、

誰かのフォーム直したり。




自分より周りを見てる奴だった。




「楓ちゃん向いてそう」




澪が笑う。




「ありがと〜」




楓が照れ臭そうに笑った。




「澪ちゃんは?」




「え?」




「将来やりたい事とか無いの?」




澪が少しだけ考える。




「……海の近くでカフェとかやりたいかも」




「うわ、めっちゃ似合う」




楓が即答する。




「絶対常連つくじゃん」




「ほんと?」




「うん」




楓が笑う。




「なんかさ、

澪ちゃんって居心地いいんだよね」




澪が少し照れ臭そうに笑った。




「兄貴は?」




「ん?」




「昔から何かやりたいとかあったの?」




蒼は少し黙る。




網の上の肉を見ながら、

静かに口を開いた。




「……サーフショップ」




澪と楓が同時に顔を上げる。




「え、初めて聞いた」




「まぁ言ってねぇし」




蒼が苦笑いする。




「昔から、

海の近くで店やれたらなとは思ってた」




「えー絶対いいじゃん」




楓が前のめりになる。




「板並んでて、

ワックスとか置いてあってさ」




「あとコーヒー飲めるスペース欲しい」




澪が言う。




蒼が少し笑った。




「まぁそんな感じ」




その時だった。




「あれ?」




楓が首を傾げる。




「それさ」




「ん?」




「2人一緒にやれば良くない?」




一瞬、

空気が止まる。




「え?」




澪が目を丸くする。




「だって、

兄貴サーフショップで、

澪ちゃんカフェでしょ?」




楓が当たり前みたいに言う。




「海の近くで一緒にやればいいじゃん」




蒼と澪が顔を見合わせる。




でも。




不思議と、

その景色が少し想像出来てしまった。




海の近く。


朝の波。


コーヒーの匂い。


ワックス。


常連客。




静かな店。




「……いやでも」




澪が少し困ったように笑う。




「付き合ってるだけっちゃだけだし……」




その言葉に、

楓が吹き出した。




「もう10代じゃないんだからさぁ」




「え?」




「期間とか関係無いでしょ」




楓が真っ直ぐ言う。




「お互いがやりたい事、

一緒に出来るって普通に幸せじゃん」




蒼が少し黙る。




澪も、

何も言えなかった。




幸せ。




その言葉が、

少し胸に残る。




楓がニヤニヤし始める。




「いっその事結婚したら?w」




「おい」




蒼がすぐ突っ込む。




「うわー照れてる2人とも〜!」




「照れてねぇし」




「いや兄貴今絶対照れた」




「うるせぇ」




澪が顔を隠しながら笑っている。




「澪ちゃんも顔赤いじゃん!」




「赤くない!」




店の賑やかな音の中。




3人の笑い声だけが、

妙にあたたかかった。




その時。




蒼がふと、

小さく口を開く。




「……まぁ」




2人が見る。




「実は、

少しは考えてた」




「え?」




蒼は静かに続ける。




「親父の遺産、

一切手ぇ付けてねぇんだよ」




「……え?」




楓が止まる。




「遺産?」




蒼は静かに頷いた。




「遺言書に書いてあった」




「楓に話すかどうかは、

蒼に任せるって」




店の音が少し遠くなる。




「なんで……」




「多分親父、

若いうちから金の話するより、

自分で立ってほしかったんだろ」




楓が静かに聞いている。




「だから俺も、

卒業するまでは言わなかった」




「……そうだったんだ」




楓が小さく呟く。




蒼は少し照れ臭そうに笑った。




「あとまぁ」




「ん?」




「毎月少しずつだけど、

貯金もしてた」




「夢のために?」




澪が静かに聞く。




蒼は少しだけ頷いた。




「まぁな」




楓が、

ふっと笑う。




「やっぱ兄貴、

親父に似てきたね」




蒼が少し黙る。




父親の背中。


鉄の匂い。


不器用な優しさ。




ずっと追い掛けてきたものが、

今少しだけ、

未来へ繋がっている気がした。




「海の近くでさ」




楓が笑いながら言う。




「サーフショップとカフェ」




「絶対いいじゃん」




澪が少し笑う。




「……まぁ、楽しそうではある」




「だろ?」




蒼は少し黙って、

グラスを手に取る。




「……やるか、いつか」




澪が蒼を見る。




楓が笑う。




「うわ、今ちょっと本気だった」




蒼が苦笑いする。




「うるせぇ」




窓の外。


夜の街。




少し前まで、

未来なんて考える余裕無かった。




でも今は。




海の匂いがする未来を、

少しだけ想像出来る。




そんな夜だった。




第5章  完


背負ってきたものは、

消えない。


父親の事も、

過去も、

痛みも。


それでも人は、

その先で夢を見ていいんだと思う。

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