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波待ち。  作者: 阿部兄弟
5章 居場所と未来

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58/84

58話 「晴間」

最初は、

誰かに連れて来てもらった場所だった。


でも少しずつ、

自分の足で向かいたくなる。


そんな風に、

“好き”は日常になっていく。


シャワー室を出る。




濡れた髪から、

ぽたぽたと水が落ちる。




曇っていた空は、

いつの間にか晴れ始めていた。




海の色も、

朝より少し明るい。




「あー疲れた……」




澪はボードを抱えながら、

海沿いの道を歩く。




「蒼君と澪ちゃんお似合いだね!」




さっきの小学生の声を思い出して、

思わず吹き出した。




……ほんと子供って無敵。




アパートへ戻る。


玄関を開ける。


静かな部屋。




ボードを壁へ立て掛ける。


ウェットをベランダへ干す。




部屋の中に、

潮の匂いが少し残る。




なんか、

こういうの慣れてきたな。




少し前まで、

サーフボードが部屋にある生活なんて、

想像もしなかった。




冷蔵庫から麦茶を取り出して飲む。




「……アイスコーヒー飲みたい」




スマホを見る。


まだ朝。




少し迷ってから、

車の鍵を手に取った。




海沿いの道を走る。


窓を少し開けると、

潮風が入ってきた。




空はもう、

すっかり晴れ始めている。




たどり着いたのは、

蒼と最初に来た海沿いのカフェだった。




扉を開ける。


ベルの音。


コーヒーの匂い。




窓際の席へ座る。




「あの日もここだったな……」




まだ蒼とそこまで仲良くなかった頃。




高校の頃の話をして。


お互いの過去を少しだけ話して。




“あの頃どんな人だった?”




そんな、

他愛もない会話。




蒼は、

高校の頃からどこか1人だった。




教室の端。


窓際。


眠そうな顔。




話しかけづらい空気出してたくせに、

たまに笑うと少し優しそうで。




だから逆に、

気になってた。




でもあの頃は、

ちゃんと話した事なんてほとんど無かった。




それなのに今は。




海へ行って。


ご飯を食べて。


家族に会って。




人生って分からない。




店員がアイスコーヒーを運んでくる。




「ありがとうございます」




グラスに付いた水滴が、

朝の光を反射していた。




スマホが震える。




『どーだった?』




澪が笑う。




『乗れたよ』




『生意気だな』




『楽しかった普通に』




少しして返信。




『なら良かった』




その一言が、

なんか少し優しかった。




『今日終わったら会えるか?』




澪の口元が緩む。




『いいよ!』


『お土産話ある!』




『なんだよそれ』




『夜話す〜』




スマホを置き、

澪は窓の外を見る。




海はもう、

すっかり明るくなっていた。




夜。




部屋でテレビをぼんやり見ながら、

澪はソファへ寝転がっていた。




インターホンが鳴る。




「あ、来た」




玄関を開ける。




「お疲れ〜」




仕事終わりの蒼が立っていた。




「おう」




少し鉄と煙草の匂いがする。




「入る?」




「お邪魔します」




蒼が部屋へ入る。




「で、お土産話って?」




澪が笑う。




「前の小学生いた」




「あいつかw」




蒼がソファへ座る。




「なんかね」




「蒼が私の話ニヤニヤしながらしてたって!いつ会ったの?」




蒼が苦笑いする。




「前1人で海行った時あいつ浜まで来てそこで話した。話盛りやがって」




「否定しないんだ?」




「うるせぇ」




澪が吹き出す。




「あとさ」




「ん?」




「蒼君と澪ちゃんお似合いだね!って」




「最強だなあいつ」




「ほんとそれ」




2人で笑う。




少しして。




「でも今日ほんと楽しかった」




澪がぽつっと言う。




「海」




蒼は少しだけ目を細めた。




「そっか」




「なんかね」


澪が天井を見る。




「やっと海が自分の場所になってきた感じ」




その言葉を聞いて、

蒼は少し嬉しそうに笑った。




「なら良かった」




その声は、

いつもより少し優しかった。



海の帰りに飲むアイスコーヒー。


他愛もないLINE。


夜の何気ない会話。


きっと幸せって、

こういう時間の事を言う。

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