58話 「晴間」
最初は、
誰かに連れて来てもらった場所だった。
でも少しずつ、
自分の足で向かいたくなる。
そんな風に、
“好き”は日常になっていく。
シャワー室を出る。
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濡れた髪から、
ぽたぽたと水が落ちる。
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曇っていた空は、
いつの間にか晴れ始めていた。
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海の色も、
朝より少し明るい。
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「あー疲れた……」
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澪はボードを抱えながら、
海沿いの道を歩く。
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「蒼君と澪ちゃんお似合いだね!」
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さっきの小学生の声を思い出して、
思わず吹き出した。
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……ほんと子供って無敵。
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アパートへ戻る。
玄関を開ける。
静かな部屋。
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ボードを壁へ立て掛ける。
ウェットをベランダへ干す。
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部屋の中に、
潮の匂いが少し残る。
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なんか、
こういうの慣れてきたな。
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少し前まで、
サーフボードが部屋にある生活なんて、
想像もしなかった。
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冷蔵庫から麦茶を取り出して飲む。
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「……アイスコーヒー飲みたい」
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スマホを見る。
まだ朝。
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少し迷ってから、
車の鍵を手に取った。
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海沿いの道を走る。
窓を少し開けると、
潮風が入ってきた。
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空はもう、
すっかり晴れ始めている。
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たどり着いたのは、
蒼と最初に来た海沿いのカフェだった。
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扉を開ける。
ベルの音。
コーヒーの匂い。
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窓際の席へ座る。
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「あの日もここだったな……」
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まだ蒼とそこまで仲良くなかった頃。
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高校の頃の話をして。
お互いの過去を少しだけ話して。
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“あの頃どんな人だった?”
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そんな、
他愛もない会話。
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蒼は、
高校の頃からどこか1人だった。
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教室の端。
窓際。
眠そうな顔。
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話しかけづらい空気出してたくせに、
たまに笑うと少し優しそうで。
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だから逆に、
気になってた。
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でもあの頃は、
ちゃんと話した事なんてほとんど無かった。
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それなのに今は。
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海へ行って。
ご飯を食べて。
家族に会って。
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人生って分からない。
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店員がアイスコーヒーを運んでくる。
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「ありがとうございます」
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グラスに付いた水滴が、
朝の光を反射していた。
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スマホが震える。
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『どーだった?』
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澪が笑う。
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『乗れたよ』
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『生意気だな』
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『楽しかった普通に』
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少しして返信。
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『なら良かった』
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その一言が、
なんか少し優しかった。
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『今日終わったら会えるか?』
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澪の口元が緩む。
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『いいよ!』
『お土産話ある!』
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『なんだよそれ』
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『夜話す〜』
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スマホを置き、
澪は窓の外を見る。
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海はもう、
すっかり明るくなっていた。
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夜。
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部屋でテレビをぼんやり見ながら、
澪はソファへ寝転がっていた。
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インターホンが鳴る。
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「あ、来た」
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玄関を開ける。
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「お疲れ〜」
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仕事終わりの蒼が立っていた。
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「おう」
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少し鉄と煙草の匂いがする。
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「入る?」
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「お邪魔します」
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蒼が部屋へ入る。
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「で、お土産話って?」
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澪が笑う。
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「前の小学生いた」
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「あいつかw」
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蒼がソファへ座る。
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「なんかね」
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「蒼が私の話ニヤニヤしながらしてたって!いつ会ったの?」
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蒼が苦笑いする。
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「前1人で海行った時あいつ浜まで来てそこで話した。話盛りやがって」
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「否定しないんだ?」
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「うるせぇ」
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澪が吹き出す。
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「あとさ」
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「ん?」
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「蒼君と澪ちゃんお似合いだね!って」
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「最強だなあいつ」
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「ほんとそれ」
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2人で笑う。
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少しして。
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「でも今日ほんと楽しかった」
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澪がぽつっと言う。
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「海」
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蒼は少しだけ目を細めた。
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「そっか」
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「なんかね」
澪が天井を見る。
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「やっと海が自分の場所になってきた感じ」
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その言葉を聞いて、
蒼は少し嬉しそうに笑った。
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「なら良かった」
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その声は、
いつもより少し優しかった。
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海の帰りに飲むアイスコーヒー。
他愛もないLINE。
夜の何気ない会話。
きっと幸せって、
こういう時間の事を言う。




