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波待ち。  作者: 阿部兄弟
5章 居場所と未来

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54/84

54話 「歩幅」

恋人になる事より、

その先の方が難しいのかもしれない。


誰かの日常に入って、

誰かの家族に触れて、

少しずつ人生を重ねていく。


夜の海からの帰り道。


車内には、

小さく音楽が流れていた。




窓を少し開けているせいか、

潮の匂いがまだ残っている。




「ねむ……」




助手席で、

澪がシートへ身体を沈める。




「寝んなよ」




「起きてる〜」




全然起きてなさそうな声だった。


蒼が少し笑う。




信号待ち。


赤信号の光が、

フロントガラスへ映る。




「そういえばさ」




澪がぽつっと言う。




「ん?」




「お母さんが蒼に会いたいってずっと言ってる」




蒼が少しだけ苦笑いする。




「マジか」




「今日も電話きてさ」


『いつになったら蒼君連れてくるのー?』

って」




「圧すごいな」




「うちのお母さん距離感近いからね〜」




車がまた走り出す。




「今度さ」




「うん」




「ご飯でもどう?って言ってた」




蒼は少し黙る。




別に嫌なわけじゃない。


ただ。




“家族に会う”




その言葉だけで、

少しだけ身体が固くなる。




澪はそんな蒼を見ながら、

少しだけ不安になる。




「……嫌なら全然いいんだけど」




「いや」


蒼が前を向いたまま言う。




「澪が良いなら行く」




澪が少し目を丸くする。




「ほんと?」




「おう」




「やった」




その声が、

少し嬉しそうで。


蒼はなんとなく、

それだけで良かった。




「でも緊張するわ」




「蒼でも緊張するんだ」




「するだろ普通に」




「なんか意外」




「お前の親だぞ」




澪が笑う。




「お父さん多分静かだよ」




「お母さんは?」




「うるさい」




「だろうな、前言ってたもんなw」




また2人で笑った。




コンビニへ寄る。


澪がアイスコーナーの前でしゃがみ込む。




「うわ迷う」




「子供かよ」




「お風呂上がりの楽しみ」




「はいはい」




蒼はコーヒーを手に取る。




「蒼は?」




「いらん」




「人生損してるよ」




「大袈裟だな」




レジを済ませ、

また車へ戻る。




「てかさ」




「ん?」




「お母さん絶対蒼のこと気に入ると思う」




「なんでだよ」




「ちゃんとしてるから」




蒼が少し笑う。




「ちゃんとしてねぇよ」




「してるよ」


澪が即答する。




「働いてるし」


「優しいし」


「ちゃんと迎え来てくれるし」




「ハードル低くね?」




「低くないです〜」




澪が笑いながらアイスを開ける。




「んま」




「え?まだ家着いてねぇぞ」




「待てなかった」




信号待ち。


外を見る。




昔は、

こんな風に誰かと夜を過ごすなんて、

想像もしなかった。




離婚して。


蓮とも離れて。




自分の人生は、

もうある程度終わったんだと思っていた。




でも。




隣では、

澪がアイスを食べながら笑っている。




それだけで、

少し救われる自分がいた。




「何?」




「いや別に」




「今なんか見てた」




「見てねぇよ」




「絶対見てた」




澪が笑う。




その笑い声を聞きながら、

蒼も少しだけ口元を緩めた。




澪のアパートへ着く。




「送迎ありがとうございましたー」




「はいよ」




「じゃあ今度実家ね」




「急に決まったな」




「お母さん絶対喜ぶ」




澪が車を降りる。




「あ、そうだ」




窓越しに、

澪が少し笑う。




「ちゃんとカッコいい服で来てね?」




「うるせぇ」




「またユニクロで来たら怒るからねー」




「偏見すごいな」




澪が笑いながら手を振る。




「おやすみー」




「おう」




アパートの階段を上がっていく後ろ姿を見ながら、

蒼は小さく息を吐いた。




……親か。




少し緊張する。


でも不思議と、

嫌じゃなかった。




車を出す。




夜の街を、

車が静かに走り出した。



帰り道。


コンビニ。


他愛もない会話。


そんな時間の中で、

2人の距離は少しずつ変わっていく。

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