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波待ち。  作者: 阿部兄弟
5章 居場所と未来

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53話 「人声」


人は案外、

誰かの何気ない言葉で救われる。


笑い声も、

呆れた声も、

「お疲れさま」の一言も。


きっと全部、

生きていく理由になる。

53話 「人声」


職場のショッピングモール。


夏休み終盤の空気が、

店内にも少し流れていた。




昨日、

楓と買い物して焼肉食べて。


あんなに笑ったの、

久しぶりだったかもしれない。




蒼の昔話して。


高校時代の話して。


今の蒼の話して。




なんか、

ちゃんとあの人の人生に触れてる感じがした。




「いらっしゃいませ〜」




澪は服を畳み直しながら声を出す。


ラックを整えて、

乱れた棚を戻して。


いつもの仕事。




「澪〜」




同僚が時計を指差す。




「あータイムセールだぁ」




澪が店頭へ出る。




「ただいまタイムセールでーす!」




店内が一気に慌ただしくなる。


レジ。


接客。


試着対応。




気付けば汗をかいていた。




やっと休憩。


バックヤードへ戻り、

椅子へ座る。




「あ゛〜疲れた……」




スマホを見る。


そのタイミングで電話が鳴った。




母。




「もしもし」




『ちょっとー!』


『いつになったら蒼君に会わせてくれんのー??』




「お母さん、私今仕事中」




『仕事中だったら電話出れないでしょ〜?』


『お母さんだって仕事中よ〜?』




「はぁ……」


澪が天井を見上げる。




『今度2人でウチ来なさいね〜』


『たまにはお父さんにも顔見せなさい〜』


『んじゃね!』




一方的に電話が切れる。




「なんの電話……」




澪が苦笑いする。


でも。


少しだけ嬉しかった。




蒼を、

家族に会わせたいと思ってる自分がいた。




澪はスマホを開く。




『お母さんが蒼に会いたいって騒いでる』




一方その頃。


鉄工場。




「今の若い子達って何で遊んでんだって思ってよぉ」




工場長がタバコを吸いながら話していた。




「息子に聞いたんだよ」


「そしたらスマホいじりながら“知らない”だってよ!」




周りが笑う。




「俺が若い頃はバリバリオールディーズ踊ってたっつーのによぉ!」




「工場長絶対リーゼントだったでしょ」




「当たり前だろ!」




また笑いが起きる。




その時。


蒼のスマホが震えた。




『昨日休みだった分疲れる〜』




蒼が少し笑う。




「まぁぁた彼女かお前〜」




「まぁ……はい」




「お前ら蒼の彼女見た事あっか?」




「俺あります」




「いやないっすね」




「俺もないです」




工場長がニヤニヤする。




「澪ちゃんって言ってな、すんごい美人なんだぞ〜」




「えー!見たい!」




「蒼さん写真見せてくださいよ!」




「ずるいっす工場長!」




蒼が苦笑いする。




『こっちは今、お前の写真見せろってみんなに言われてる』




すぐ返ってくる。




『何それ〜』


『楽しそうな職場だねww』




その横で先輩が腕を組む。




「ちなみに俺も見た事あるけどな」




「性格が顔に出てるわ、あれは」




「ぶっきらぼうの蒼をニヤつかせるだけの事はある」




周りが「おぉ〜」と騒ぐ。




「ちょっとみんな盛り上がりすぎですって」




そのタイミングで、

休憩終了のベルが鳴った。




「あ!くそ!逃げられた!」




周りが笑う。




蒼はスマホを見ながら少し笑った。




『終わったらLINEする』


『頑張れよ』




『ありがとー!』


『蒼も気をつけてね!』




蒼はスマホをポケットへ戻す。


鉄を削る。


火花が散る。


いつもの作業。




でも。




“ぶっきらぼうの蒼をニヤつかせるだけの事はある”




さっきの先輩の言葉が、

妙に頭に残っていた。




確かに。


ここ入った時も。


離婚した後も。


俺、

ずっと終わってたな。




蒼は苦笑いして、

また作業へ戻る。




時間が過ぎる。


業務終了のチャイムが鳴った。




『終わった』




LINEを送る。


その瞬間。




「おっ」




横から先輩にスマホを奪われる。




「ほれ!」




「おぉ!!!」


「美人だな!!」




「ちょっ……!」




「なになに?」


『終わった』


「何カッコつけてんだお前!」




周りが爆笑する。




「まじでうぜぇー!」


「返してくださいよ!」




蒼が笑いながら追いかける。




その様子を見ながら、

工場長が少しだけ目を細めた。




──萩原君。


蒼、

元気でやってるよ。




今の蒼は、

昔のあんたに似て男前だ。




工場長と蒼の父親は、

地元の先輩後輩。


父親が倒れ、

中卒で働いていた蒼を見兼ねて、

今の会社へ誘ったのも工場長だった。




蒼は車へ乗り込む。


スマホを見る。




『あと2時間〜つら』




『がんばれー』




車を走らせる。




家へ着き、

シャワーを浴びる。


着替えて、

コーヒーを飲みながらタバコを吸った。




『あと1時間〜』




『そろそろ家出るわ』




『え?迎え来てくれるの?』




『おう』




『やったー大好き』




蒼が少し笑う。




『何食いたいか考えとけよー』




『はーい』




閉店時間が近付き、

ショッピングモール内も静かになっていく。




「澪〜」




「んー?」




「私伝票整理してきていい?」




「いいよー」




「あ、あとあれも流しちゃって〜」




店内に蛍の光が流れる。


閉店時間。




片付け。


レジ締め。


戸締り。




モールの外へ出る。


すると。




「あっ」




蒼の車が止まっていた。




「えっ、もしかして例の彼氏さん?」




「うん」




「ふぅ〜〜!!」




「シー!!」


澪が慌てる。




「んじゃお疲れ〜!」




「お疲れ〜!」




同僚のしほが蒼へ軽く一礼する。


蒼も軽く頭を下げた。




助手席へ乗り込む。




「ありがとね〜」


「今日自転車だったから助かった〜」




「いいの?置きっぱで」




「うん!大丈夫!」




蒼が車を出す。




「で、何食う?」




「うどん食べたいかも」




「へぇー意外だな」




「昨日焼肉食べたから」




「楓とか?」




「うんw」




「楓から言ったんだろ?」




「そうだよw」




「どんだけ肉好きだよあいつ」




「蒼もでしょ〜」




夜の街を、

車が静かに走っていく。



仕事をして、

疲れて、

誰かを迎えに行く。


そんな当たり前が、

大事に出来るくらい俺には稀だった。

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