表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
波待ち。  作者: 阿部兄弟
5章 居場所と未来

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
55/84

55話 「安堵」

誰かの家へ上がる事。


同じ食卓を囲む事。


それはきっと、

思っているよりずっと特別な事なんだと思う。

55話 「安堵」



仕事終わりの夕方。


鉄工場の機械音が止まり、

業務終了のチャイムが鳴る。




「っあち……」




蒼は首元を引っ張りながら、

ロッカーへ向かった。


作業着は汗で重い。


鉄と油の匂いが身体に染み付いていた。




「蒼君〜?」




先輩がニヤニヤしながら近付いてくる。




「今日だろ?」




「……何がですか」




「彼女の親、工場長から聞いたぞ〜?」




「情報回るの早ぇな」




周りが笑う。




「ちゃんとしろよ〜?」




「分かってますよ」




蒼は苦笑いしながら、

タオルを肩へ掛けた。




会社のシャワー室。


古い白タイル。


換気扇の音。




熱を持った身体へ、

冷たい水が落ちる。




鉄の匂い。


汗。


疲れ。


全部流れていく。




シャワーを止め、

髪をかき上げる。




……親か。




少し前の自分なら、

絶対避けてた。




離婚して。


蓮とも離れて。




“家族”


って言葉から、

どこか距離を置いていた。




でも今は。




澪の隣にいる未来を、

少しだけ想像してる自分がいた。




ロッカー室へ戻る。


黒シャツ。


白T。


細めのデニム。




「おぉ」




先輩が笑う。




「ちゃんとしてるじゃん」




「だから何なんすか」




「お前が彼女の親に会いに行く歳かぁ」




「うるせぇ」




でも。


少しだけ照れ臭かった。




会社を出る。


夕方の風が少し涼しい。




スマホを見る。




『準備できたよー』




『向かう』




澪のアパートへ着く。


少し待つと、

階段を降りてくる姿が見えた。




白いブラウス。


細めのデニム。


いつもより少し大人っぽい。




助手席へ乗り込み、

澪が笑う。




「お待たせ〜」




「おう」




「え、ちゃんとしてるじゃん」




「なんだよ」




「もっと適当で来ると思ってた」




「お前の親だぞ」




澪が笑う。




「緊張してる?」




「まぁ多少」




「かわいいとこあるじゃん」




「うるせぇ」




車が住宅街へ入る。


昔ながらの一軒家。


でも庭も綺麗に手入れされていて、

温かい家だった。




「着いた」




蒼が小さく息を吐く。




「なんか私まで緊張してきた」




「お前の家だろ」




「だって彼氏連れてくるの初めてだし」




蒼が少しだけ澪を見る。




「……そっか」




インターホンを押す。




ガチャ。




「おかえりー!」




澪の母親が出てくる。




「あらー!!」




蒼を見るなり目を丸くした。




「蒼君!?え、背高っ!」




「どうも。初めまして萩原蒼です。」




「ちょっと写真よりカッコいいじゃない!」




「お母さんやめて」




「だってほんとなんだもん!」




澪が頭を抱える。


蒼は苦笑いするしかなかった。




「ほらほら入って!」




家へ上がる。


木の匂い。


どこか懐かしい柔軟剤の香り。




リビングには、

澪の父親が座っていた。




「どうも」




静かな声。


でも、

ちゃんと人を見る目だった。




「初めまして萩原蒼と言います」




「あっ、どうも澪の父です」




軽く頭を下げ合う。




「もう固い固い!」




澪母が笑う。




「ほら座って!」




テーブルには料理が並んでいた。


唐揚げ。


煮物。


だし巻き卵。


ポテトサラダ。




「すご……」




「頑張っちゃった!」




「張り切りすぎだから」




「娘の彼氏来るんだよ!?」




「やめてほんと」




食事が始まる。




「蒼君って鉄工場なんだっけ?」




「はい」




「大変でしょ〜暑そうだし」




「まぁ慣れました」




「偉いわよねぇ」




澪が苦笑いする。




「お母さん親戚のおばちゃんみたい」




「だってほんとにそう思うんだもん」




澪母が笑う。




「でも安心した」




「え?」




「前はほら?ねぇ」




澪が嫌な予感して顔をしかめる。




「ちょっとお母さん」




「だってダメだったじゃないあの人〜」




「やめてって」




蒼は黙って箸を置く。




「なんかずーっと偉そうだったし」


「澪全然笑わなくなっちゃって」




「もういいから」




澪が恥ずかしそうに止める。




でも母親は、

少し真面目な顔になる。




「だからね、蒼君といる澪見て安心したの」




「ちゃんと笑ってるから」




その言葉に、

澪が少し黙る。




蒼も何も言えなかった。




静かな空気。


でも、

嫌な沈黙じゃない。




「……どうも」




蒼が少し照れ臭そうに笑う。




その横で、

澪も小さく笑った。




「蒼君サーフィンやるんだよね」




今度は父親が口を開く。




「はい」




「澪も最近よく行ってるんだよな」




「澪、楽しそうですよ」




父親が少しだけ笑う。




「昔から飽きっぽかったから」




「ちょっとお父さん」




「続いてるなら良かった、蒼君のおかげだな」




その言葉に、

澪が少し照れたように笑った。




気付けば、

蒼も普通に笑っていた。




こんな空気、

久しぶりかもしれない。




過去は消えない。


でも、

今隣で笑ってくれる人がいるなら、

人は少しずつ前を向ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ