51話 「和音」
夏の終わりは、
少しだけ人を優しくする。
騒がしかった季節が静かになる頃、
人との距離も少しずつ近付いていく。
平日のショッピングモールは、
土日より少し静かだった。
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「澪ちゃーん!」
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入口の方から、
楓が大きく手を振りながら走ってくる。
ショートカットが揺れていた。
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「おはよー」
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「おはよ!」
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楓はそのまま澪の隣へ並ぶ。
大きめのTシャツにデニム。
リュックを背負った姿は、
大学生というより普通にスポーツ少女っぽい。
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「学校終わり?」
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「うん。今日午前だけだった」
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「お疲れさまー」
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「澪ちゃんこそ休みなのに呼び出してごめんね?」
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「全然いいよー。私も買い物したかったし」
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2人でモールの中を歩き始める。
冷房の風が気持ちいい。
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「てか平日休みいいなぁ」
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「その代わり土日仕事だよ?」
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「それは嫌」
楓が即答する。
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「楓ちゃん卒業まであとちょっとじゃん」
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「そうなのよー」
楓が大きく伸びをする。
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スポーツトレーナー系の専門学校。
楓は一度働いてから、
学び直しで入った。
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父親が倒れて。
蒼も余裕がなくて。
気付けば、
自分の人生を後回しにするのが当たり前になっていた。
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「いやー長かったわ」
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「やっぱ大変だった?」
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「んー……まぁね」
楓が少し笑う。
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「最初めちゃくちゃ怖かったもん」
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「学校?」
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「うん。この歳で学生寮とか」
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「確かにちょっと緊張しそう」
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「友達出来なかったらどうしよって思ってた」
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「かわいい悩み」
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「いや割と本気!」
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楓が笑う。
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「でも今楽しそうだよね」
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「まぁ友達は出来た!」
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「良かったじゃん」
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「あと先生に“楓は肝据わってる”って言われた」
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「それは分かる」
澪が即答する。
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「早っ」
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「楓ちゃんあんま動じなさそうだもん」
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「兄貴と親父見て育ったからかなぁ」
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その言い方が、
どこか自然だった。
苦労を苦労として話さない感じ。
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蒼も楓も、
そういう所ちょっと似てるな。
澪はぼんやり思う。
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「蒼って昔からあんな感じ?」
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「昔の方がもっと尖ってたよ」
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「えー想像つく」
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「高校辞めた辺りとか特に」
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楓が服を見ながら言う。
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「親父倒れてからずっと余裕無かったし」
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澪は黙って聞いていた。
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「海行って仕事してタバコ吸って終わり、みたいな生活してた」
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「今も割とそうじゃない?」
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「まぁそこに澪ちゃん追加された」
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「雑」
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2人で笑う。
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アパレルショップへ入る。
秋物が少しずつ増えていた。
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「兄貴こういうの似合いそう」
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楓がカーキ色のシャツを手に取る。
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「あー好きそう」
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「でも絶対自分で買わない」
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「分かる」
澪が笑う。
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蒼って、
服に興味が無いわけじゃない。
でも、
“自分のため”
に金を使うのが下手だった。
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「兄貴ユニクロで生きてるから」
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「言い方」
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楓が値札を見る。
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「たっか」
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「リアルすぎるって」
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「でも澪ちゃんいるなら兄貴ちょっと変わりそう」
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「そうかな?」
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「うん。あの人、自分の事どうでもいい人だから」
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楓がぽつっと言った。
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「でも澪ちゃんの言う事は聞く」
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「ほんと?」
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「ほんとほんと」
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「海行く頻度増えたし」
「ちゃんと笑うようになったし」
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澪は少しだけ視線を落とす。
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「……なら良かった」
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楓がその顔を見て笑う。
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「澪ちゃん兄貴の事好きだねぇ」
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「うるさい」
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「顔赤い顔赤い」
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「楓ちゃん?」
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「ごめんなさい」
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2人で笑う。
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モールの窓から、
夏の終わりの日差しが差し込んでいた。
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「てか卒業祝い何食べたい?」
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「え、やってくれるの?」
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「蒼もやりたそうだったし」
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楓が少し黙る。
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「兄貴ってあんまそういうの言わないよね」
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「でもちゃんと見てるよ」
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澪がそう言うと、
楓は少し照れくさそうに笑った。
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「……焼肉がいい」
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「やっぱり」
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「兄妹だから」
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また2人で笑う。
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気付けば、
楓といる時間は不思議と楽だった。
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蒼の妹だから。
それだけじゃない。
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この兄妹はきっと、
ちゃんと支え合って生きてきた。
だから、
一緒にいる空気がどこか温かい。
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そんな事を、
澪はぼんやり思っていた。
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血の繋がりじゃなくても、
居心地の良い関係はある。
笑いながら歩く後ろ姿を見て、
澪はそんな事を思っていた。




