50話 「残暑」
夏はまだ終わっていなかった。
でも、
少しだけ変わり始めた風が、
季節の終わりを教えていた。
昼間の熱気だけが、
まだ夏を引きずっていた。
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鉄工場の中は相変わらず暑い。
機械音。
鉄の焼ける匂い。
汗で重くなった作業着。
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蒼は額の汗を腕で拭きながら、
鉄材を運ぶ。
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「蒼ー!そっち頼む!」
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「はーい」
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フォークリフトが横を通る。
熱気と油の匂いで、
肺の奥まで鉄工場になる。
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休憩時間。
蒼は自販機の前で缶コーヒーを買った。
古い扇風機の前に座る。
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「っあち……」
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スマホが震えた。
澪からLINE。
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『ひま』
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蒼が少し笑う。
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『働け』
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すぐ返ってくる。
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『店長いないからみんなやる気ない』
『もう帰りたい』
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『まだ昼だろ』
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『蒼は?』
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蒼は汗で濡れた作業着を見る。
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『死にそう』
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『鉄工場ってやっぱ大変なんだね』
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『今さら?』
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『でも頑張ってる蒼かっこいいよ』
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蒼は思わず鼻で笑う。
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「何ニヤニヤしてんだぁ??」
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横で先輩がタバコを吸いながら言った。
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「別に」
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「あれか?澪ちゃんか?」
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「……まぁ」
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「青春だねぇ」
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「うるせぇっす」
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蒼が缶コーヒーを飲む。
冷たいはずなのに、
一瞬でぬるく感じた。
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前は、
仕事終わりなんて、
ただ疲れて寝るだけだった。
最近は違う。
LINEが来る。
誰かが待ってる。
それだけで、
不思議と仕事も終われる。
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夜。
仕事を終えてアパートへ戻る。
外階段を上がりながら、
蒼はスマホを見る。
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『明日休みになったー!』
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澪からだった。
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『珍しいな』
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『平日休み最高!』
『何しよっかなー』
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蒼は玄関を開けながら返す。
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『寝とけ』
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『ひど』
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部屋へ入る。
エアコンをつけ、
作業着を脱ぐ。
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ソファへ座ったタイミングで、
またスマホが震えた。
今度は楓。
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『お兄様ー』
『金欠』
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「こいつ毎回これだな……」
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蒼が笑いながら返す。
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『知らん』
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『冷た』
『てか澪ちゃん元気?』
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『明日休みらしい』
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少し間が空く。
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『え、まじ?』
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『まじ』
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『暇?』
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『知らん』
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その直後。
澪から電話が掛かってきた。
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「もしもーし」
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『ねぇ聞いて』
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「ん?」
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『店長まじで天然すぎて意味分かんない』
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「急だな」
蒼が笑う。
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澪が仕事の愚痴を喋る。
蒼はソファへ座ったまま、
適当に相槌を打っていた。
その時間が、
最近は心地いい。
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その時。
ピコン、と通知が鳴る。
楓からだった。
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『澪ちゃんに電話していいかな?』
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蒼は少し笑う。
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「楓がお前に電話していい?って」
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『え、いいよー』
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「いいよだって」
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数秒後。
澪の方から笑い声が聞こえた。
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『あ、楓ちゃんから来た』
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「じゃあ切るわ」
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『うん、またねー』
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通話が切れる。
静かになった部屋で、
蒼はタバコに火をつけた。
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少ししてから、
またスマホが鳴る。
今度は澪からLINE。
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『楓ちゃんかわいいw』
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『なんて?』
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『明日買い物行こーって誘われた』
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蒼は少し笑う。
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『仲良いなお前ら』
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『ねぇ』
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『ん?』
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『明日楓ちゃんとデートしてくる!』
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スマホを見ながら、
蒼は少しだけ口元を緩めた。
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外では、
夏の終わりの風が吹いていた。
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仕事終わりの電話。
他愛もないLINE。
そんな小さなやり取りが、
いつの間にか日常になっていた。




