42話 「灯火」
人は、
居なくなって終わるわけじゃない。
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残されたものの中で、
ちゃんと生き続けている。
朝。
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澪は目を覚ます。
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カーテンの隙間から、
柔らかい光が差し込んでいた。
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ぼんやりしたまま視線を落とす。
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この間買った服の袋。
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その横には、
お揃いのスニーカー。
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「……ふふっ」
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小さく笑う。
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服を広げる。
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鏡を見る。
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少しだけ時間をかけて準備する。
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「……なんか高校生みたい」
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自分で言って、
少し照れる。
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スニーカーを履く。
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蒼と一緒に買ったもの。
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ただの靴なのに、
少し特別に感じた。
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家を出る。
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アパートの前。
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蒼の車が止まっている。
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助手席の窓が開く。
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「おはよう」
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「おはよー」
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乗り込もうとして、
澪の動きが止まる。
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蒼の足元。
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自分と同じスニーカー。
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「……履いてる」
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「ん?」
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「いや、別に」
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少しだけ嬉しくなる。
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でも、
なんか恥ずかしくて言えない。
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後部座席から声がする。
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「おはようございまーす!」
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楓。
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「おはよう、楓ちゃん」
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「え、待って」
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楓が身を乗り出す。
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「その靴お揃い!?」
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「……そうなのw」
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「えー!!かわいー!!」
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「ラブラブじゃん!」
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「うるせぇ」
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蒼が車を出す。
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最初は少し緊張していた澪も、
楓の空気感のおかげで自然と力が抜けていく。
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「ねぇ澪ちゃんって呼んでいい?」
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「全然いいよー!」
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「やった」
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「……なんか楓、お前やけに懐いてんな」
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「そりゃそうでしょ」
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楓があっさり言う。
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「お兄ちゃん最近全然違うもん」
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「……は?」
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「前よりちゃんと笑うし」
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「なんか空気柔らかくなった」
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「だからそれって全部澪ちゃんのおかげなんだろうなーって」
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少しだけ、
空気が止まる。
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澪が蒼を見る。
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蒼は気まずそうに前を見る。
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「……うるせぇ」
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「ふふっ」
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「えー何その反応〜」
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「でもほんとだよ?」
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「前のお兄ちゃんってもっと怖かったし」
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「話しかけんなオーラやばかった」
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「盛りすぎだろ」
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「盛ってないし」
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「でも最近なんか楽しそうじゃん」
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「だから普通に嬉しい」
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澪は窓の外を見る。
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少しだけ、
胸が熱くなる。
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墓地へ着く。
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風が吹く。
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少しだけ、
夏の終わりみたいな空気。
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蒼が桶に水を汲む。
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楓が花を持つ。
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澪はその後ろを歩く。
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墓石に水をかける音。
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線香の匂い。
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静かな風。
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澪は少し後ろで、
二人の姿を見ていた。
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「澪ちゃんもこっち来なよ!」
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楓が自然に呼ぶ。
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「……え?」
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「ほら、一緒に」
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澪が隣に並ぶ。
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手を合わせる。
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蒼は、
その姿を少しだけ見ていた。
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墓参りを終え、
近くのベンチに座る。
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缶コーヒーを開ける音。
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「親父さ」
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蒼が口を開く。
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「仕事人間だったんだよ」
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「昔ながらって感じの」
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「でも家族のことはちゃんと見てた」
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「口数少なかったけどな」
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少し笑う。
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「お兄ちゃん親父に似てきたよね」
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楓が言う。
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「そうか?」
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「うん」
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「昔はもっと尖ってた」
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「……うるせぇ」
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楓が少し真面目な顔になる。
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「でもさ」
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「お兄ちゃん、ずっと止まってた感じだったから」
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「今ちゃんと前を見てる感じがして安心してる」
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蒼は何も言わない。
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ただ、
コーヒーを飲む。
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澪はその横顔を見る。
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この人は、
色んなものを抱えながら生きてきた人なんだ。
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だから、
人の痛みが分かる。
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帰り際。
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澪がもう一度、
墓を見る。
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(ちゃんと繋がってるんだな)
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家族って、
居なくなって終わりじゃないんだ。
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今日、
やっぱり来て良かった。
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蒼のお父さんにも手を合わせられた。
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楓ちゃんとも話せた。
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ちゃんと、
前に進んでる。
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蒼も一緒に。
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風が吹く。
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線香の煙が、
ゆっくり空へ昇っていく。
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まるで——
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「もう大丈夫だな」
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そう、
優しく見守られているような気がした。
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「置いてくぞ」
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「え!?待って!」
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楓が笑う。
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「お兄ちゃんってドライだよねー」
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「甘やかすと調子乗るからな」
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「ちょっと!聞こえてるからねー!?」
前に進むことは、
忘れることじゃない。
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抱えたままでも、
人はちゃんと歩いていける。




