4話 「記憶」
人は、見えている部分だけで判断する。
明るいとか、軽いとか、
近寄りづらいとか。
でもその奥にあるものは、
案外、誰にも見えていない。
これは、
そんな「見え方」と「本当」の話。
教室の真ん中。
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そこに澪の席があった。
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最初から決まってたみたいに。
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誰かが集まる場所って、だいたい自然にできるもんだけど。
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あいつの場合は、ちょっと違った。
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最初からそこが中心だった。
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休み時間になると、自然と人が集まる。
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笑い声が広がる。
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それが当たり前みたいな空気。
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無理に作ってる感じはない。
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でも、ちゃんと中心にいる。
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そんなやつだった。
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俺はその少し外側。
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隣町の高校だったってのもあるし、
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元々、馴染むの得意な方じゃない。
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それに加えて——
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「話しかけづらいよね」
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「なんかオーラ出てる」
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よく言われた。
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別にそんなつもりないんだけどな。
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気づけば、一人でいることが多かった。
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それが楽だったし、別に困ってもなかった。
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でも、視界には入る。
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いつも。
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澪は目立ってた。
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美人とか、そういうのもあるけど。
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それだけじゃない。
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空気の作り方がうまい。
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誰とでも話せる。
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でも、距離の取り方も分かってる。
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近すぎない。
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遠すぎない。
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男はよく寄ってた。
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分かりやすいやつも多い。
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下心丸出しみたいな。
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澪はそれを、さらっといなす。
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慣れてる感じだった。
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笑ったまま、ちゃんと線引いてる。
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その感じが、逆に引っかかった。
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軽いっていうか。
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いや、違うな。
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軽そうに見せてるだけで、
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中身が見えない。
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感情があるのか、ないのか。
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分からない。
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でも。
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いつも笑ってた。
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授業中だった。
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黒板の文字も、先生の声も、なんとなく流して聞いてた。
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その時。
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ポケットの中で、ずっと震えてる。
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一回じゃない。
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何回も。
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気づかないふりしてたけど、さすがにおかしい。
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「……すいません、トイレ」
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立ち上がって、そのまま教室を出る。
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廊下。
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ポケットからスマホを取り出す。
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知らない番号。
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少しだけ迷ってから、折り返す。
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「もしもし」
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少し間。
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「〇〇病院です」
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頭の中が、止まる。
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話は続いてるのに、うまく入ってこない。
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親父が倒れた。
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救急車。
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会社。
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断片だけが残る。
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教室に戻る。
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ドアを開ける。
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先生の視線。
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何か言ってる。
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うまく聞こえない。
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「すいません、親父が倒れて…」
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それだけ伝える。
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担任の顔が少し変わる。
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「行ってこい」
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振り返る。
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その一瞬。
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澪と目が合う。
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澪が、少しだけ笑う。
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いつもと同じ顔。
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軽く、ニコッと。
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——なんなんだよ
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場違いなその感じに、少しだけ引っかかる。
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でも、それどころじゃない。
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教室を出る。
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そのまま駅まで走る。
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電車の中。
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何も考えられない。
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ただ、さっきの言葉だけが残ってる。
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病院に着く。
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消毒液の匂い。
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白い壁。
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妹がいた。
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先に来てたらしい。
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顔を見た瞬間、泣き出す。
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「お兄ちゃん…」
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蒼は少しだけ息を吐く。
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「大丈夫だ」
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それしか出てこない。
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自分に言ってるみたいだった。
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少しして、医者が来る。
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説明を受ける。
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肺がん。
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言葉だけが残る。
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中身は入ってこない。
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病室。
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ベッドの上。
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親父がいる。
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少しだけ痩せて見えた。
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「蒼か…」
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弱い声。
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「ごめんな」
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蒼は首を振る。
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「謝んなくていいよ」
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少し間。
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「親父のせいじゃねぇだろ」
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沈黙。
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機械の音だけが鳴ってる。
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蒼が口を開く。
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「親父」
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少しだけ間。
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「俺、学校辞めるわ」
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親父がゆっくり顔を上げる。
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「……蒼」
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蒼は続ける。
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「別に元々、真面目にやってたわけでもねぇし」
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「なんとなくで入った学校だし」
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言葉にしながら、もう決めてる。
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親父がかすれた声で言う。
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「保険も入ってる」
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「金の心配は…」
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蒼は首を振る。
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「いいって」
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少しだけ強く。
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「楓もいるし」
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「俺が働く」
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その言葉に、迷いはない。
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親父が目を閉じる。
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「……すまん」
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蒼は少しだけ息を吐く。
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「いいって」
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それ以上は、何も言わなかった。
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決まったことだから。
あのときの笑顔の意味を、
蒼はまだ知らない。
ただ引っかかるだけで、
答えには辿り着かない。
でもその違和感は、
確かに残っている。
それが、
二人を繋いでいく。




