3話 「余白」
軽い会話のはずだった。
でも、気づけば少しずつ、
お互いの過去に触れていく。
言葉は少ないのに、
分かってしまうことがある。
この時間はまだ穏やかで、
どこか静かに揺れている。
「蒼だからだよ」
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その一言のあと。
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蒼は少しだけ間を置いて、視線を前に戻す。
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「なんだそりゃ」
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軽く流す。
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それ以上は触れない。
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澪も、追わない。
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少しだけ間があってから。
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「あ、そこ右」
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さっきまでの空気を切るみたいに。
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「そのあと左に水色の看板あるから、そこ」
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蒼は何も言わず、ハンドルを切る。
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カフェの前で車が止まる。
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港町に馴染んだ、少しラフで、でも整ってる店。
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ドアを開ける。
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カランカラン。
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「いらっしゃいませー。お二人様ですか?」
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「はい」
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「こちらへどうぞ」
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窓際の席。
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海が少しだけ見える。
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向かい合って座る。
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澪がメニューを開く。
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「どれにしよっかなー」
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顔を上げて。
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「好きなの頼んでいいよ」
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蒼は軽く目を落とす。
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「じゃあ、これでいい」
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短く決める。
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しばらくして、飲み物が運ばれてくる。
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蒼の前にコーヒー。
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澪の前にコーヒーとクロワッサン。
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澪がパンを手に取りながら言う。
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「ほんとに何もいらないの?」
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「運動したあとって、なんか食べた方がよくない?」
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蒼はカップに手をかける。
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「そんな腹減ってない」
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「大丈夫」
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澪は少しだけ首を傾げる。
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「ふーん」
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一口食べる。
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「私は食べるけどね」
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少し笑う。
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間。
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澪がふと顔を上げる。
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「てかさ」
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蒼
「ん?」
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「蒼ってさ」
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少し間。
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「高校辞めてから、どんな感じだったの?」
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続けて。
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「てかさ、なんで辞めたの?」
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蒼は一瞬だけ視線を落とす。
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カップの中を見る。
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「家、父子家庭でさ」
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少し間。
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「親父が病気になって」
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「下もまだ小さかったから」
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「働くしかなくて辞めた」
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それだけ。
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澪は何も挟まない。
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ただ、蒼の目を見る。
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少しして。
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「そっか」
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短い一言。
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でも、ちゃんと受け取ってる感じがする。
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澪が続ける。
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「そのあと?」
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蒼は少しだけ息を吐く。
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「昼と夜で働いて」
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「下のやつが高校入るタイミングで、今の会社入って」
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少し間。
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「そっから結婚した」
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澪の手が少し止まる。
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「結婚したの?」
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「今も?」
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蒼は首を振る。
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「いや、今は一人」
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澪は少しだけ視線を落とす。
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「そっか」
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聞かない。
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でも、分かってる感じがある。
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蒼が続ける。
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「嫁が浮気してな」
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淡々と。
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「子供もいたけど、親権取られて」
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少し間。
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「それが3年前」
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澪はすぐに言葉を返さない。
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少しだけ考えてから。
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「色々、あったんだね」
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静かに。
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「蒼にも」
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蒼は何も言わない。
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コーヒーを一口飲む。
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それだけ。
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少しして。
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蒼が言う。
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「澪は?」
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澪は少しだけ笑う。
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「んー」
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軽く考えるふりをして。
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「普通に卒業して」
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「そのまま今の会社入って」
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「会社の人と結婚して」
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そこまで言って、少しだけ止まる。
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蒼はその“止まり方”を見る。
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言葉じゃなくて、空気で分かる。
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澪が続ける。
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「…私も蒼と一緒だよ」
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短く。
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それだけ。
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蒼は小さく頷く。
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「なるほどな」
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それ以上は聞かない。
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聞く必要がない。
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さっきまで笑ってた顔が、少しだけ曇ってるから。
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少しの沈黙。
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窓の外、海が見える。
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その向こうに、光が揺れてる。
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蒼はふと視線を外す。
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——変わんねぇな
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昔から。
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あいつはずっと、ああいう顔してた。
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明るくて。
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周りに人がいて。
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でも。
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どこかだけ、違う。
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記憶が、少しずつ戻る。
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教室。
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昼休み。
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笑い声。
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中心にいるのは、澪だった。
過去は消えない。
忘れたつもりでも、
ふとした瞬間に戻ってくる。
そしてそれは、
今の自分の見え方を変えていく。
この再会は、
ただの偶然じゃ終わらない。




