32話 「覚醒」
気づくときは、
一瞬だった。
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理由なんて、
あとからついてくる。
いつも通りの朝。
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工場の音が、
響いている。
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「おい蒼!」
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肩を組まれる。
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「お前、やっぱり最近なんかいい感じじゃねぇか?」
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「……いやいや、そんなことないっすよ」
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軽く笑って、
持ち場に戻る。
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その背中を見ながら、
先輩と工場長が顔を見合わせる。
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「なぁ」
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「よっぽどいい女なんだろうなぁ」
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「ですねー」
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「あの蒼があんな風になるんですもんね」
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スマホが震える。
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——楓
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「……はい」
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『お兄ちゃん今日定時でしょ?』
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「うん」
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『バイト休みだから夜ご飯作るよー』
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「おう」
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楓は大学生になり、
東京の寮で生活している。
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バイトをしながら、
奨学金で通っている。
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だから、
こうして帰ってくるのは、
たまにだ。
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家に帰る。
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「おかえりー」
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「ただいま」
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キッチンから、
いい匂いがする。
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楓がじーっと蒼を見る。
「お兄ちゃんさ」
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「なんか変わった?」
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「……お前までそんなこと言うなよ」
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ため息混じりに返す。
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「え、だってなんか顔違うよ?いっつもと」
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「普通だよ普通」
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「分かった」
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少し間を置いて、
楓がニヤッとする。
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「彼女できたんでしょ?」
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「ちげーよ、ばーか」
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弁当箱をシンクに置く。
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「んじゃあ好きな人できたんだ!」
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その瞬間——
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「あっっっち!!」
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鍋に触れた手を引っ込める。
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「ちげーよ!!!んな訳ねーだろ!」
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「完全に図星じゃん……」
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「引くわー。蛙化」
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「うるせ!とりあえず風呂入る!」
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バタン
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楓は、
少しだけ嬉しそうに笑う。
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あの頃の兄を、
見てきたから。
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——良かった。
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心の中で、
本当にそう思った。
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その後。
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他愛もない話をしながら、
二人で夕飯を食べる。
家族の時間。
過ぎるのは早い。
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「帰るのか?泊まってけばいいのに」
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「明日1限目からだから早いんだよー」
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「そうか」
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「次帰ってくるのは来月かな」
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「……あー、もうそんな時期か」
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「お兄ちゃんも怪我しないで頑張ってね!」
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小指を立てる。
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「ばか!早く行け!」
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お互い、
手を振る。
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「……来月か」
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ぽつりと呟く。
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視線が、
仏壇に向く。
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数日後。
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スマホが鳴る。
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——澪
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「もしもし」
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『明日休みなったよ!』
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「よしじゃあ、いつも通り7時な」
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『おっけー』
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『あ、コーヒー買わなくていいからね?w』
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「お前もなw」
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二人で笑う。
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『じゃあおやすみ』
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「おやすみ」
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通話が切れる。
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天井を見る。
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「……なんだ、この感じ」
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頭の中に、
浮かぶ顔。
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離れない。
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「……おかしいな」
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先輩や工場長、
楓に冷やかされたからか。
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「……いや」
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違う。
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自然に、
そうなってる。
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朝。
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いつも通り起きて、
車を走らせる。
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アパートの前に
澪が立っていた。
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笑顔で手を振ってくる
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その顔を見て、昨晩と同じ感情になる。
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「なんだよこれ」
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「いや。どっかでは分かってただろ」
心の中で答えが出る。
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俺は
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______好きなんだ澪の事が。
もう、
知らなかった頃には戻れない。
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それでも、
悪くないと思った。




