31話 「波路」
変わるきっかけは、
大したことじゃない。
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ただ、
自分で決めるだけだ。
車が走っている。
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夕焼けが、
少しずつ落ちていく。
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「はぁー!!疲れたー!」
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澪が大きく背伸びをする。
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「明日仕事かぁー!!」
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「嫌だなー」
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「……そうだな」
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蒼は短く返す。
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「でも今日気持ちよかったなぁ、テイクオフ」
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「だろ?」
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「蒼の言う通り、あれ感じたらやめられないよねー」
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「次は立てるかな?」
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「最初はキツいと思うぞ」
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「俺でも、ただ立つだけで1ヶ月とかかかったし」
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「えー!」
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「まぁそうだよねー、そんな簡単にはいかないよね」
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「逃げんなよ?」
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蒼が、
少し笑いながら言う。
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「逃げません!!」
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澪も笑う。
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蒼の顔を見て、
心の中で思う。
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——良かった。
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少しは、
吹っ切れてくれたかな。
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車は、
あっという間にアパートに着く。
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「ありがとー」
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「……あ、てかさ」
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「どうせ次の休みも行くんだし、私の板積みっぱでもいい?」
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「いいよ」
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「よしー、んじゃウエットだけ降ろすねー」
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助手席のドアが閉まる。
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トランクが開く。
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取り出して、
閉める。
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手を振って、
帰ろうとしたとき——
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コンコン
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窓を叩く音。
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蒼が窓を開ける。
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「自分の人生、大事にしろよー!!」
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そう言って、
笑いながら去っていく。
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「……」
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蒼は、
しばらく動かなかった。
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頭の中に、
浮かぶ。
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親父。
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楓。
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沙耶香。
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そして——
蓮。
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「……俺の人生」
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小さく、
呟く。
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「俺の人生って、なんだ?」
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——サーフィンって、人生に似てるだろ?
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昼間、
澪に言った言葉がよぎる。
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俺にしか乗れない波。
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俺でしか見極められない波。
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人生も、
同じか。
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そして、
思い出す。
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今日一日、
ずっとそばにいた存在。
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「忘れなくていい過去もあるよ」
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「気が向いたら、子供のこと話してよ」
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「……」
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「情けねぇな」
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後悔して、
気遣わせて。
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「何がコーチだよ」
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「……そんなんじゃ」
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「いい波に乗れねぇよな」
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小さく、
笑う。
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「……やめだ」
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後悔するのは、
もうやめだ。
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蒼の中で、
何かが切り替わる。
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気づけば、
スマホを手に取っていた。
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——発信
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「もしもし?なに?忘れ物?」
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「……もしもし、澪」
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「なに?」
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「ありがとな」
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「怖いんだけど急にw」
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「色々、吹っ切れたわ」
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「……そっか」
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「良かったね」
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優しく、
返す。
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「吹っ切れた事だし、来週からも厳しくいくからな」
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「はい!お願いしますコーチ!」
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「じゃあな」
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「バイバイ」
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通話が切れる。
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エンジンをかける。
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車を発進させる。
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バックミラー越し。
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並んだ、
二枚のサーフボード。
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蒼は、
それを見て——
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少しだけ、
笑った。
少しだけ、
前を向いた。
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それだけで、
景色は変わり始める。




