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波待ち。  作者: 阿部兄弟
3章 交錯と距離

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28話 「予兆」


壊れるときは、


だいたい分かっている。




見ないふりをしているだけで。




これは、


その“前触れ”の話。


違和感は、ずっとあった。



小さな変化の積み重ね。


化粧、香水、スマホ。



私も、もうそういうのは分かる歳だ。


でも兄には言えない。




「楓?」


呼ばれて顔を上げる。



「どうした?具合悪いのか?」


「……別に」



自然に返したつもりだった。


でも、自分でも分かる。


声が少しだけ硬い。



蓮が泣く。



「俺やる」


蒼が抱き上げる。



その手は慣れていて、


優しくて、


ちゃんと父親をしている。



だから、言えなかった。


こんな顔してる兄に、


これ以上何か言うなんて。



「……楓」


少しだけ声の温度が変わる。



「お前、なんか隠してねぇ?」



心臓が跳ねる。



「……隠してないよ」


「嘘つけ」



視線が外せない。


逃げたら終わる。



「なんでもないって」


「なんでもない顔じゃねぇだろ」



一歩、詰められる。


空気が近い。



「……気にしすぎだよ」



そう言って、目を逸らす。


それで終わると思った。



でも、


終わらなかった。



「楓」


短く呼ばれる。



それだけで、分かる。


引かない。


逃がさない。



「……」


言わなきゃ。


でも、


言ったら終わる。



全部壊れる。


それでも、


このままの方が、きつい。



「……お兄ちゃんさ」


声がうまく出ない。


喉が引っかかる。



「ちゃんと、見た方がいいよ」



やっと、それだけ出た。



蒼はすぐには返さない。


少しだけ間があって、


「……何を」



低い声。


逃げ場はない。



「……」


言葉が出てこない。


頭の中では分かってるのに、


口が動かない。



「楓」


名前を呼ばれる。


それだけで、


背中を押される。



「……違う」


自分でも分からない言葉が出る。



でも、


止まらなかった。



「……見たの」



それだけ。


それ以上は言えなかった。



言葉にしたら、


全部壊れる気がしたから。



でも、


それで十分だった。



蒼は動かない。


何も言わない。



でも、


分かる。



全部、繋がってる。



スマホ。


間。


視線。



気づいていた。


ずっと前から。



ただ、


見ないようにしていただけだ。



「……は」


小さく息が漏れる。



笑ったような音。


でも、全然笑ってない。



「……何やってんだろうな、俺」



視線を落とす。



「楓にまで、こんな顔させて」



自分に向けた言葉。



「……頑張ってるつもりで」


「全部見えてなかったとか」



少しだけ間があって、



「……アホだな」



楓は何も言えない。


言葉が見つからない。



蓮がまた泣く。



その声だけがやけに大きく響く。



蒼は一瞬だけそっちを見る。



小さな体。


守ると決めた存在。



それなのに。



「……」



ゆっくりと顔を上げる。



さっきまでとは違う目。



逃げていない。


揺れてもいない。



「……タバコ吸いに行くわ」



短く、それだけ。



その一言で、


空気が変わる。



止まっていたものが、


静かに動き出す。



でもまだ、


全部は壊れていない。



嵐の前みたいに。


まだ、


何も終わっていない。




でも、


もう戻れないところまで来ていた。




——次は、荒れる。

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