28話 「予兆」
壊れるときは、
だいたい分かっている。
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見ないふりをしているだけで。
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これは、
その“前触れ”の話。
違和感は、ずっとあった。
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小さな変化の積み重ね。
化粧、香水、スマホ。
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私も、もうそういうのは分かる歳だ。
でも兄には言えない。
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「楓?」
呼ばれて顔を上げる。
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「どうした?具合悪いのか?」
「……別に」
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自然に返したつもりだった。
でも、自分でも分かる。
声が少しだけ硬い。
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蓮が泣く。
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「俺やる」
蒼が抱き上げる。
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その手は慣れていて、
優しくて、
ちゃんと父親をしている。
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だから、言えなかった。
こんな顔してる兄に、
これ以上何か言うなんて。
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「……楓」
少しだけ声の温度が変わる。
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「お前、なんか隠してねぇ?」
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心臓が跳ねる。
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「……隠してないよ」
「嘘つけ」
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視線が外せない。
逃げたら終わる。
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「なんでもないって」
「なんでもない顔じゃねぇだろ」
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一歩、詰められる。
空気が近い。
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「……気にしすぎだよ」
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そう言って、目を逸らす。
それで終わると思った。
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でも、
終わらなかった。
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「楓」
短く呼ばれる。
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それだけで、分かる。
引かない。
逃がさない。
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「……」
言わなきゃ。
でも、
言ったら終わる。
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全部壊れる。
それでも、
このままの方が、きつい。
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「……お兄ちゃんさ」
声がうまく出ない。
喉が引っかかる。
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「ちゃんと、見た方がいいよ」
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やっと、それだけ出た。
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蒼はすぐには返さない。
少しだけ間があって、
「……何を」
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低い声。
逃げ場はない。
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「……」
言葉が出てこない。
頭の中では分かってるのに、
口が動かない。
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「楓」
名前を呼ばれる。
それだけで、
背中を押される。
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「……違う」
自分でも分からない言葉が出る。
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でも、
止まらなかった。
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「……見たの」
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それだけ。
それ以上は言えなかった。
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言葉にしたら、
全部壊れる気がしたから。
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でも、
それで十分だった。
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蒼は動かない。
何も言わない。
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でも、
分かる。
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全部、繋がってる。
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スマホ。
間。
視線。
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気づいていた。
ずっと前から。
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ただ、
見ないようにしていただけだ。
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「……は」
小さく息が漏れる。
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笑ったような音。
でも、全然笑ってない。
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「……何やってんだろうな、俺」
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視線を落とす。
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「楓にまで、こんな顔させて」
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自分に向けた言葉。
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「……頑張ってるつもりで」
「全部見えてなかったとか」
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少しだけ間があって、
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「……アホだな」
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楓は何も言えない。
言葉が見つからない。
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蓮がまた泣く。
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その声だけがやけに大きく響く。
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蒼は一瞬だけそっちを見る。
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小さな体。
守ると決めた存在。
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それなのに。
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「……」
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ゆっくりと顔を上げる。
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さっきまでとは違う目。
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逃げていない。
揺れてもいない。
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「……タバコ吸いに行くわ」
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短く、それだけ。
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その一言で、
空気が変わる。
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止まっていたものが、
静かに動き出す。
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でもまだ、
全部は壊れていない。
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嵐の前みたいに。
まだ、
何も終わっていない。
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でも、
もう戻れないところまで来ていた。
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——次は、荒れる。




