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波待ち。  作者: 阿部兄弟
3章 交錯と距離

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27話 「停留」

進めないわけじゃない。



進まないだけだ。




分かっているのに、


踏み出せない。




これは、


その“止まっている時間”の話。



「蒼は?」



「泣かせたりするタイプだった?」




急に、


トーンが落ちる。




「んなわけねーだろ」




少しだけ間。




「……いや、そんな感じかもな」





「ちょっとこっち見て」




澪がスマホを取り出す。




「は?」




カシャッ




「ほら」




画面を見せられる。




そこには、


無表情で前を見ている自分。




「海上がってから、ずーっとこの顔だよ?」




「死んだ魚みたいな目してる」




「うるせぇな」




でも、


否定はしない。





「なんでそういう顔になってるのかは」




「大体想像つくんだけどさ」





澪は、


少しだけ視線を落とす。




「いいと思うよ」




「思い出すのは」





蒼は何も言わない。





「私の場合はさ」




「切り離していい過去だったけど」




「蒼の場合は」




「切り離さなくていいところもあるんじゃない?」





その言葉に、


ふと、


何かが浮かぶ。





小さな顔。





蓮。





「……」





「今度さ」




澪が、


少しだけ柔らかく笑う。




「気が向いたらでいいから」




「話してよ」




「子供のこと」





優しい声。





蒼の表情が、


ほんの少しだけ緩む。




「あぁ」




「今度な」





その言葉のあと。




意識は、


自然と過去へと沈んでいく。






退院してからの生活は、


思っていたよりも、


ずっと忙しかった。



夜中に何度も起きて、


ミルクを作って。



泣けば抱き上げて、


背中をさする。




「……よし」



小さく呟く。



腕の中で、


蓮は少しずつ落ち着いていく。




軽い。




でも、


確かに重い。




責任みたいなものが、


そこにあった。





朝。



眠い目をこすりながら、


仕事へ向かう。




鉄工場の音が、


いつもより少しだけ遠く感じる。




それでも、


手は止めない。





「最近ちゃんとしてんな」




先輩に言われる。




「いや普通ですよ。」




短く返す。





家に帰る。




「ただいま」




「おかえり」




その声の向こうで、


蓮が小さく泣く。




「俺やる」




自然と体が動く。




抱き上げる。




泣き声が、


少しずつ弱くなる。





「……ありがと」




沙耶香が、


小さく言う。




「別に」





それでいいと思っていた。




こうやって、


ちゃんとやっていれば。





上手くいくと


思っていた。





ある日。




蓮が寝たあと。




リビングには、


静かな時間が流れていた。




テレビの音だけが、


小さく響く。




沙耶香は、


ソファに座っている。




手にはスマホ。




画面を見て、


少しだけ視線を落とす。




「……」




何も言わない。





「風呂、先入る?」




蒼が言う。




「あ……うん」




それだけ。





会話は、


それ以上続かない。





違和感。





でも、


名前はつけなかった。





つけなくても、


やることは変わらない。




仕事をして、


帰ってきて、


子供を見る。




それでいい。




それで、


十分だと思っていた。





楓は、


その空気を感じていた。




蓮を抱きながら、


二人の様子を見る。




笑っている。




でも、


どこかズレている。





「……」




何も言わない。




言えない。





「蓮かわいいね」




それだけを言う。





現在。




車は、


静かに走っている。




「何か飲みたくない?」




澪が口を開く。




「ラーメン食べた後って喉渇くじゃん?」




「まぁな」




「コーヒーでも飲むか?」




蒼が聞く。





澪は、


前を見たまま答える。




「いいね!ドライブスルー出来るとこ行こ!」




目的地へ向かう。






目的があろうが、なかろうが







進むしかない。





止まっていても仕方がない。






自分でも分かっていた。



---

波は、


もう来ている。




それでも、


動けない。




——踏み出すのは、


もう少し先の話。

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