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波待ち。  作者: 阿部兄弟
3章 交錯と距離

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26話 「産声」

守ると決めたものが、


そこにあった。



それだけで、


十分なはずだった。




気づかないまま、


すれ違っていくものがあっても。


あの頃。



蒼は、


ちゃんとやろうとしていた。



帰る時間を早くして、


家のこともやって。



当たり前のことを、


ちゃんと積み重ねる。




「おかえり」



「ただいま」



それだけの会話でも、


少しずつ、


戻っていく気がしていた。




でも。




沙耶香は、


それに気づいていた。




だからこそ、


苦しくなっていた。




終わらせなきゃいけない。




そう分かっているのに、


終わらせられない自分に。





その空気を、


楓は感じていた。




言葉にしなくても、


分かってしまう。





「……」




スマホを握る。




——プルルル




「もしもし?」




「どうした楓」




「……あのさ」




言いかけて、


止まる。




「いま大掃除してるからあとでいいか?赤ちゃんって埃とか食べるってなんかで見たからさw」





その一言で、


全部飲み込んだ。




「……ううん!やっぱなんでもない!ちゃんとお父さんやってんじゃん!」




「うるせぇなw」





電話を切る。





言えなかった。




いつもより少しだけ、


明るい声




あんな声した兄に、言えるわけない。






「サーフィン疲れるよね」




現在。




「お腹空いたー」




「ラーメン屋!そこ!入って!」




澪の声に、


蒼は小さくハンドルを切る。





店内。




油とスープの匂い。




「うわ、最高」




澪が嬉しそうに笑う。




「何にする?」




「チャーシュー多いやつ」




「太るぞ」




「サーフィンしてるから大丈夫ですー」




軽く笑う。





ラーメンが運ばれてくる。




「いただきます!」




勢いよく箸をつける。




「うまっ」




「声でかい」




「だって美味しいんだもん」





蒼も一口。




「……うまいな」





しばらく、


無言で食べる。




スープをすする音だけが、


静かに流れる。





「ねぇ」




「ん?」




「さっきさ」




「波待ち」




少し笑う。




「なんか、あってるでしょ」




蒼は答えない。




ただ、


箸を止める。





「まぁでも」




澪が続ける。




「待つのも大事だけどね」




「波見極める時間っていうか」




「ずっと待つのは、違うけど」





その言葉に、


ほんの少しだけ、


視線が動く。





食べ終わる。




店を出る。





蒼は、


外でタバコに火をつける。




煙が、


ゆっくりと流れる。




「おいしかったね」




「腹いっぱいだな」





プップー




軽トラが止まる。




「おい蒼!!」




「……すだけい?」




「と……いっちゃん!?」




「なんだこの組み合わせ!!」





「何してんだよ!」




「みりゃわかんだろ飯食ってたんだよ」




「相変わらずだねーすだけいはw」




「いっちゃんもな!蒼は〜相変わらず無愛想だなww」




「ね?でしょでしょーw」




「んで?なんで2人が一緒に?まさかお付き合い!??」




「ちがうちがう!たまたま海で会ってサーフィン教えてもらってんの!」




「いっちゃんがサーフィンかぁ〜俺の方が上手いけど俺に教わる??」




「お前何回俺の前で死にかけてんだよ」




「離岸流ハマったとき泣きそうになってたじゃねぇかw」




「まぁまぁ君たちは海で遊んでなさい。僕は海が職場だからな」




「魚欲しかったら言えや!」




軽トラが走り出す。




「蒼!!いっちゃん泣かせんなよぉ!!」




「誰が泣くか!!」





車に戻る。




「いっちゃんってww」




「なにー?小学生の頃からだよw」




「蒼も呼んでいいよ」




「いや遠慮しとくわ」




「泣かせんなよだって〜」




「なんで泣くんだよ」





「蒼は?」




「泣かせたりするタイプだった?」




急に、


トーンが落ちる。




「んなわけねーだろ」




少しだけ間。




「……いや、そんな感じかもな」






着信。




「沙耶香?」




「破水した」




「……え?」




「産まれるかも」





「すぐ行く」





「行ってこい!!」




工場長の声。





車を走らせる。




心臓がうるさい。




不安と、


期待と、


焦りと。




全部が混ざる。





病院。




——おぎゃああ!!





産声。




「元気な男の子です!」




呼ばれる。




部屋に入る。




沙耶香の隣。




小さな命。




「……ありがとう」





抱く。




軽い。




でも、


確かにそこにいる。




「蓮」




「え?」




「この子、蓮でもいいか?」




沙耶香が微笑む。




「いい名前」




「この子にぴったり」





その光景を、


見つめる。





守らなきゃいけない。




俺の子。



生まれた瞬間から、


守る理由はできる。



でも。



守れるかどうかは、


また別の話だ。




——全部、守れると思っていた。

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