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波待ち。  作者: 阿部兄弟
3章 交錯と距離

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26/84

26話 「産声」

守ると決めたものが、


そこにあった。


⸻


それだけで、


十分なはずだった。


⸻


⸻


気づかないまま、


すれ違っていくものがあっても。

⸻


あの頃。


⸻


蒼は、


ちゃんとやろうとしていた。


⸻


帰る時間を早くして、


家のこともやって。


⸻


当たり前のことを、


ちゃんと積み重ねる。


⸻


⸻


「おかえり」


⸻


「ただいま」


⸻


それだけの会話でも、


少しずつ、


戻っていく気がしていた。


⸻


⸻


でも。


⸻


⸻


沙耶香は、


それに気づいていた。


⸻


⸻


だからこそ、


苦しくなっていた。


⸻


⸻


終わらせなきゃいけない。


⸻


⸻


そう分かっているのに、


終わらせられない自分に。


⸻


⸻


⸻


その空気を、


楓は感じていた。


⸻


⸻


言葉にしなくても、


分かってしまう。


⸻


⸻


⸻


「……」


⸻


⸻


スマホを握る。


⸻


⸻


——プルルル


⸻


⸻


「もしもし?」


⸻


⸻


「どうした楓」


⸻


⸻


「……あのさ」


⸻


⸻


言いかけて、


止まる。


⸻


⸻


「いま大掃除してるからあとでいいか?赤ちゃんって埃とか食べるってなんかで見たからさw」


⸻


⸻


⸻


その一言で、


全部飲み込んだ。


⸻


⸻


「……ううん!やっぱなんでもない!ちゃんとお父さんやってんじゃん!」


⸻


⸻


「うるせぇなw」


⸻


⸻


⸻


電話を切る。


⸻


⸻


⸻


言えなかった。


⸻


⸻


いつもより少しだけ、


明るい声


⸻


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あんな声した兄に、言えるわけない。


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⸻


⸻


⸻


「サーフィン疲れるよね」


⸻


⸻


現在。


⸻


⸻


「お腹空いたー」


⸻


⸻


「ラーメン屋!そこ!入って!」


⸻


⸻


澪の声に、


蒼は小さくハンドルを切る。


⸻


⸻


⸻


店内。


⸻


⸻


油とスープの匂い。


⸻


⸻


「うわ、最高」


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⸻


澪が嬉しそうに笑う。


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「何にする?」


⸻


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「チャーシュー多いやつ」


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⸻


「太るぞ」


⸻


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「サーフィンしてるから大丈夫ですー」


⸻


⸻


軽く笑う。


⸻


⸻


⸻


ラーメンが運ばれてくる。


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⸻


「いただきます!」


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⸻


勢いよく箸をつける。


⸻


⸻


「うまっ」


⸻


⸻


「声でかい」


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「だって美味しいんだもん」


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⸻


蒼も一口。


⸻


⸻


「……うまいな」


⸻


⸻


⸻


しばらく、


無言で食べる。


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⸻


スープをすする音だけが、


静かに流れる。


⸻


⸻


⸻


「ねぇ」


⸻


⸻


「ん?」


⸻


⸻


「さっきさ」


⸻


⸻


「波待ち」


⸻


⸻


少し笑う。


⸻


⸻


「なんか、あってるでしょ」


⸻


⸻


蒼は答えない。


⸻


⸻


ただ、


箸を止める。


⸻


⸻


⸻


「まぁでも」


⸻


⸻


澪が続ける。


⸻


⸻


「待つのも大事だけどね」


⸻


⸻


「波見極める時間っていうか」


⸻


⸻


「ずっと待つのは、違うけど」


⸻


⸻


⸻


その言葉に、


ほんの少しだけ、


視線が動く。


⸻


⸻


⸻


食べ終わる。


⸻


⸻


店を出る。


⸻


⸻


⸻


蒼は、


外でタバコに火をつける。


⸻


⸻


煙が、


ゆっくりと流れる。


⸻


⸻


「おいしかったね」


⸻


⸻


「腹いっぱいだな」


⸻


⸻


⸻


プップー


⸻


⸻


軽トラが止まる。


⸻


⸻


「おい蒼!!」


⸻


⸻


「……すだけい?」


⸻


⸻


「と……いっちゃん!?」


⸻


⸻


「なんだこの組み合わせ!!」


⸻


⸻


⸻


「何してんだよ!」


⸻


⸻


「みりゃわかんだろ飯食ってたんだよ」


⸻


⸻


「相変わらずだねーすだけいはw」


⸻


⸻


「いっちゃんもな!蒼は〜相変わらず無愛想だなww」


⸻


⸻


「ね?でしょでしょーw」


⸻


⸻


「んで?なんで2人が一緒に?まさかお付き合い!??」


⸻


⸻


「ちがうちがう!たまたま海で会ってサーフィン教えてもらってんの!」


⸻


⸻


「いっちゃんがサーフィンかぁ〜俺の方が上手いけど俺に教わる??」


⸻


⸻


「お前何回俺の前で死にかけてんだよ」


⸻


⸻


「離岸流ハマったとき泣きそうになってたじゃねぇかw」


⸻


⸻


「まぁまぁ君たちは海で遊んでなさい。僕は海が職場だからな」


⸻


⸻


「魚欲しかったら言えや!」


⸻


⸻


軽トラが走り出す。


⸻


⸻


「蒼!!いっちゃん泣かせんなよぉ!!」


⸻


⸻


「誰が泣くか!!」


⸻


⸻


⸻


車に戻る。


⸻


⸻


「いっちゃんってww」


⸻


⸻


「なにー?小学生の頃からだよw」


⸻


⸻


「蒼も呼んでいいよ」


⸻


⸻


「いや遠慮しとくわ」


⸻


⸻


「泣かせんなよだって〜」


⸻


⸻


「なんで泣くんだよ」


⸻


⸻


⸻


「蒼は?」


⸻


⸻


「泣かせたりするタイプだった?」


⸻


⸻


急に、


トーンが落ちる。


⸻


⸻


「んなわけねーだろ」


⸻


⸻


少しだけ間。


⸻


⸻


「……いや、そんな感じかもな」


⸻


⸻


⸻


⸻


着信。


⸻


⸻


「沙耶香?」


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「破水した」


⸻


⸻


「……え?」


⸻


⸻


「産まれるかも」


⸻


⸻


⸻


「すぐ行く」


⸻


⸻


⸻


「行ってこい!!」


⸻


⸻


工場長の声。


⸻


⸻


⸻


車を走らせる。


⸻


⸻


心臓がうるさい。


⸻


⸻


不安と、


期待と、


焦りと。


⸻


⸻


全部が混ざる。


⸻


⸻


⸻


病院。


⸻


⸻


——おぎゃああ!!


⸻


⸻


⸻


産声。


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⸻


「元気な男の子です!」


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⸻


呼ばれる。


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⸻


部屋に入る。


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⸻


沙耶香の隣。


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⸻


小さな命。


⸻


⸻


「……ありがとう」


⸻


⸻


⸻


抱く。


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⸻


軽い。


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でも、


確かにそこにいる。


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⸻


「蓮」


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⸻


「え?」


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⸻


「この子、蓮でもいいか?」


⸻


⸻


沙耶香が微笑む。


⸻


⸻


「いい名前」


⸻


⸻


「この子にぴったり」


⸻


⸻


⸻


その光景を、


見つめる。


⸻


⸻


⸻


守らなきゃいけない。


⸻


⸻


俺の子。



生まれた瞬間から、


守る理由はできる。


⸻


でも。


⸻


守れるかどうかは、


また別の話だ。


⸻


⸻


——全部、守れると思っていた。

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