25話 「再起」
タイミングは、
来ていたのかもしれない。
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ただ、
踏み出す理由も、
踏み出せない理由も、
どっちもあっただけで。
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これは、
その“間”にいる話。
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車は、ゆっくりと走っていた。
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海から離れているのに、
アクセルは踏み切られない。
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流れる景色だけが、
同じ速さで過ぎていく。
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「波待ち」
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「は?」
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「波待ち!!!」
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澪が身を乗り出す。
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「ずっと波待ちしてる感じなの!!」
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蒼は何も言わない。
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ただ、
ハンドルを握る手に、
わずかに力が入る。
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「人生ってさ」
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澪が続ける。
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「サーフィンに似てるんじゃないのー!!??」
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「……は?」
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「波来てるのに、ずっと待ってるだけみたいな」
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「そんなんじゃ、良い波に乗れないよー??」
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「うるせぇなぁ」
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「うるさくない」
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軽い言い合い。
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でも。
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その言葉が、
やけに残る。
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——「沙耶香さん妊娠中なんだろ」
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——「そんな中途半端なら海来んな」
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——「やるなら、ちゃんとやれ」
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すだけいの声。
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一瞬、
空気が重なる。
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「……」
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あのとき、
蒼は何も言えなかった。
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それから。
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少しだけ、
変えた。
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帰る時間を早くしたり。
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朝、ちゃんと起きたり。
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当たり前のことを、
ちゃんとやるようにした。
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ある日。
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「これ、どう思う?」
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店の中で、
沙耶香が小さな服を持っている。
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「ちっちゃ」
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思わず、笑う。
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「でしょ?」
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少しだけ、
楽しそうな顔。
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「まだ早いかな」
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「いや、いいんじゃねぇの」
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カゴに入れる。
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「名前、どうする?」
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帰り道、
沙耶香がぽつりと言う。
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「まだ早ぇだろ」
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「でもさ」
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少しだけ笑う。
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「考えるの、楽しいじゃん」
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「……まぁな」
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ポケットの中で、
音が鳴る。
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沙耶香のスマホ。
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一瞬だけ、
視線が落ちる。
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でも。
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「ごめん、ちょっと」
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そう言って、
少しだけ距離を取る。
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蒼は、
気にしない。
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ちゃんとやっていれば、
大丈夫だと思っていた。
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向き合えば、
伝わると思っていた。
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そうすれば、
あいつも——
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やめてくれると、
信じていた。
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「……」
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現在に戻る。
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車は、
まだ走っている。
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澪は何も言わない。
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ただ、
前を見ている。
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蒼も、
何も言わない。
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波は、
来ている。
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それでも。
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アクセルは、
踏み切られないままだった。
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分かっているのに、
動けない。
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それでも、
時間は止まらない。
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波は、
また来る。
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——次は、どうする。




