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波待ち。  作者: 阿部兄弟
2章 波紋と余温

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21/84

21話 「背負」


あの頃の話。


⸻


何も持っていないはずなのに、


誰かの分まで背負っていた。


学校を辞めて、一年。


⸻


昼は鉄工場。


⸻


夜はコンビニ。


⸻


⸻


働いて、


働いて、


働いて。


⸻


⸻


気づけば、


それが普通になっていた。


⸻


⸻


朝も夜も関係ない。


⸻


ただ、


止まらないだけ。


⸻


⸻


そんな日々の中で、


ひとつだけ変わったことがある。


⸻


⸻


妹の楓(かえで)が、


高校に入学した。


⸻


⸻


家の中に、


少しだけ明るい空気が戻る。


⸻


⸻


ある日の夕方。


⸻


⸻


「ねぇ」


⸻


楓が、少し遠慮がちに言う。


⸻


⸻


「私さ、高校で部活入らないで」


⸻


⸻


「バイトしようと思ってる」


⸻


⸻


蒼の手が止まる。


⸻


⸻


「は?」


⸻


⸻


楓は少しだけ目を逸らす。


⸻


⸻


「だって…」


⸻


⸻


言葉を探す。


⸻


⸻


「お金もかかるし」


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⸻


「家のこともあるし」


⸻


⸻


その言葉で、


全部分かる。


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⸻


「……」


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⸻


少しの沈黙。


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蒼はため息をつく。


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⸻


「バスケ、続けろよ」


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楓が顔を上げる。


⸻


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「いいの!」


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⸻


少し強く言う。


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「別に全国とか行ける高校じゃないし…」


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⸻


蒼は軽く笑う。


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「関係ねぇだろ」


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少し間。


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「やることに意味があんだよ」


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⸻


楓が黙る。


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⸻


蒼は続ける。


⸻


⸻


「金のこと気にしてんだろ?」


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少し肩をすくめる。


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⸻


「いいよ」


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「俺、新しい会社入ってすんげぇ待遇良いし」


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「余裕だよ、余裕」


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⸻


軽く言う。


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でも。


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⸻


それが嘘じゃないことを、


楓は知っている。


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どれだけ働いてるかも。


⸻


⸻


どれだけ無理してるかも。


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⸻


「だって…」


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⸻


言葉が続かない。


⸻


⸻


蒼は、少しだけ真面目な顔になる。


⸻


⸻


「お前は青春しろ」


⸻


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静かに言う。


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⸻


「短いぞ?」


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⸻


少しだけ笑う。


⸻


⸻


「三年なんて」


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楓は何も言えない。


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⸻


その言葉が、


重くて。


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⸻


そして。


⸻


⸻


優しすぎて。


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⸻


心の中で思う。


⸻


⸻


——自分は、


1年も通ってないのに


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⸻


——なんで、お兄ちゃんは


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⸻


——そんなふうに言えるの


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⸻


⸻


蒼は、その視線に気づく。


⸻


⸻


少しだけ首を傾げる。


⸻


⸻


そして。


⸻


⸻


ふっと笑う。


⸻


⸻


まるで、


全部分かってるみたいに。


優しさは、


時々、誰かを救う。


⸻


でも同時に、


自分を削っていくものでもある。

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