21話 「背負」
あの頃の話。
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何も持っていないはずなのに、
誰かの分まで背負っていた。
学校を辞めて、一年。
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昼は鉄工場。
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夜はコンビニ。
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働いて、
働いて、
働いて。
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気づけば、
それが普通になっていた。
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朝も夜も関係ない。
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ただ、
止まらないだけ。
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そんな日々の中で、
ひとつだけ変わったことがある。
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妹の楓が、
高校に入学した。
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家の中に、
少しだけ明るい空気が戻る。
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ある日の夕方。
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「ねぇ」
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楓が、少し遠慮がちに言う。
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「私さ、高校で部活入らないで」
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「バイトしようと思ってる」
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蒼の手が止まる。
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「は?」
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楓は少しだけ目を逸らす。
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「だって…」
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言葉を探す。
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「お金もかかるし」
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「家のこともあるし」
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その言葉で、
全部分かる。
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「……」
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少しの沈黙。
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蒼はため息をつく。
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「バスケ、続けろよ」
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楓が顔を上げる。
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「いいの!」
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少し強く言う。
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「別に全国とか行ける高校じゃないし…」
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蒼は軽く笑う。
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「関係ねぇだろ」
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少し間。
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「やることに意味があんだよ」
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楓が黙る。
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蒼は続ける。
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「金のこと気にしてんだろ?」
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少し肩をすくめる。
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「いいよ」
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「俺、新しい会社入ってすんげぇ待遇良いし」
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「余裕だよ、余裕」
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軽く言う。
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でも。
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それが嘘じゃないことを、
楓は知っている。
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どれだけ働いてるかも。
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どれだけ無理してるかも。
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「だって…」
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言葉が続かない。
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蒼は、少しだけ真面目な顔になる。
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「お前は青春しろ」
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静かに言う。
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「短いぞ?」
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少しだけ笑う。
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「三年なんて」
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楓は何も言えない。
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その言葉が、
重くて。
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そして。
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優しすぎて。
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心の中で思う。
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——自分は、
1年も通ってないのに
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——なんで、お兄ちゃんは
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——そんなふうに言えるの
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蒼は、その視線に気づく。
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少しだけ首を傾げる。
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そして。
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ふっと笑う。
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まるで、
全部分かってるみたいに。
優しさは、
時々、誰かを救う。
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でも同時に、
自分を削っていくものでもある。




