15話 「日常」
別れたあとに残るものは、
言葉じゃない。
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何気ない一言や、
ふとした仕草。
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思い出そうとしなくても、
勝手に浮かんでくるもの。
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それが、
少しずつ日常に入り込んでくる。
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気づかないうちに、
もう、他人じゃなくなっている。
「またね、コーチ」
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画面に表示された文字。
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蒼が少しだけ口元を緩める。
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「ふっ…」
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短く笑う。
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指が動く。
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「YouTubeで予習ちゃんとしとけよ」
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送信。
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スマホを助手席に放る。
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片手でタバコを取り出す。
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火をつける。
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窓を開ける。
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夜の空気が流れ込む。
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煙を吸い込む。
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ゆっくり、吐く。
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そのとき。
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ふと、言葉が浮かぶ。
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「蒼だからだよ」
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ハンドルに手をかけたまま、
少しだけ首を傾げる。
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「なんだそりゃ」
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小さく笑う。
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でも。
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そのまま、消えない。
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さっきの光景が、
頭の中で重なる。
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金を差し出す手。
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少し慣れた動き。
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“払わなきゃいけない”みたいな顔。
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煙を、深く吐き出す。
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「……」
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何も言わない。
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でも。
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なんとなく、分かる。
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言葉にしなくても。
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ああいうのは。
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「……めんどくせぇな」
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ぽつりと呟く。
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誰に向けたわけでもない。
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でも。
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視線は、前を向いたまま。
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アクセルを踏む。
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車は、夜の中へ溶けていく。
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後日
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鉄を削る音が、響いている。
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金属同士が擦れる音。
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火花。
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油の匂い。
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ヂリヂリヂリヂリ!
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休憩のチャイムが鳴る。
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蒼は工具を置く。
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革手袋を外す。
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自販機の前。
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缶コーヒーを取り出す。
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タバコを咥える。
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火をつける。
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一息。
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そこに、後ろから声。
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「おめぇ、なんか今日顔明るいなぁ?」
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振り向く。
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先輩。
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ニヤニヤしてる。
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「なんかいいことあったか?」
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その横から、
さらに声が重なる。
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「そりゃあれだろ」
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工場長。
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ニヤっと笑って、
小指を立てる。
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「コレコレ」
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蒼が顔をしかめる。
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「違いますって」
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「なんすかそれ」
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二人はさらに笑う。
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そのとき。
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ブー…
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ポケットの中で震える。
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スマホ。
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取り出す。
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画面。
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澪。
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開く。
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「ドルフィンスルーってなにー??」
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一瞬、止まる。
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「……は?」
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次の瞬間。
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ゴホッ!!
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コーヒーを吹きそうになる。
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慌てて口を押さえる。
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先輩と工場長が怪しそうに見る。
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蒼はそっと視線を逸らす。
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「……ちょっとトイレ」
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火を消す。
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足早にその場を離れる。
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背中越しに。
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先輩と工場長。
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目を合わせて。
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ニヤッ。
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「完全にクロだな」
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小さく笑い声が漏れる。
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トイレの中。
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蒼はスマホを見ながら、
ため息をつく。
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「タイミングよ…」
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でも。
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口元は、
少しだけ緩んでいた。
一日が終わっても、
その日の空気は、簡単には消えない。
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残るのは、
特別な出来事じゃなくて、
どうでもいい会話や、
何気ない一言。
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それが、
気づかないうちに、
少しずつ距離を変えていく。
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まだ何も始まっていないのに、
もう、前とは同じじゃない。




