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波待ち。  作者: 阿部兄弟
1章 再会と再開

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10話「浸透」

最初は、変わったつもりなんてなかった。


ただ、少しだけ考えるようになっただけ。


少しだけ、気をつけるようになっただけ。


——でも、その“少し”が、


どこから始まっていたのかは、もう分からなくなっていた。

それから。


⸻


正利と会う回数は、少しずつ増えていった。


⸻


仕事終わり。


⸻


週末。


⸻


特別な理由はない。


⸻


でも、自然と一緒にいる時間が増えていく。


⸻


⸻


ある日の夜。


⸻


帰り道。


⸻


「送るよ」


⸻


正利が言う。


⸻


澪は少しだけ首を振る。


⸻


「大丈夫ですよ、近いですし」


⸻


正利はすぐに引かない。


⸻


「いや、危ないから」


⸻


少しだけ笑う。


⸻


「何かあってからじゃ遅いでしょ」


⸻


⸻


その言い方に、強さはない。


⸻


でも、断りづらい。


⸻


⸻


「…じゃあ、お願いします」


⸻


⸻


それが当たり前になっていく。


⸻


⸻


また別の日。


⸻


スマホが鳴る。


⸻


正利からのメッセージ。


⸻


『帰れた?』


⸻


『今どこ?』


⸻


『ちゃんとご飯食べた?』


⸻


⸻


最初は、嬉しかった。


⸻


気にかけてくれてる。


⸻


そう思えた。


⸻


⸻


でも。


⸻


少しずつ、増えていく。


⸻


⸻


『誰といるの?』


⸻


『まだ一緒?』


⸻


⸻


違和感。


⸻


でも、強くはない。


⸻


⸻


「心配してくれてるだけ」


⸻


そう思えば、納得できる。


⸻


⸻


ある日。


⸻


同僚とご飯に行く約束をしていた。


⸻


その話を何気なくすると。


⸻


正利が少しだけ黙る。


⸻


⸻


「…その人と、よく行くの?」


⸻


⸻


トーンは変わらない。


⸻


でも、少しだけ温度が下がる。


⸻


⸻


「まぁ、たまにですけど」


⸻


⸻


正利は軽く頷く。


⸻


「そっか」


⸻


⸻


それだけ。


⸻


⸻


でも、そのあと。


⸻


少しだけ、会話が減る。


⸻


⸻


帰り際。


⸻


ぽつりと。


⸻


「無理しなくていいからね」


⸻


⸻


澪

「え?」


⸻


⸻


「付き合いで行ってるならさ」


⸻


少しだけ視線を逸らす。


⸻


「断ってもいいと思うよ」


⸻


⸻


優しい言葉。


⸻


でも。


⸻


⸻


選択肢が、少しだけ変わる。


⸻


⸻


次に誘われたとき。


⸻


澪は少しだけ考える。


⸻


⸻


「断った方がいいのかな」


⸻


⸻


理由は、はっきりしない。


⸻


⸻


でも。


⸻


そう思ってしまう。


⸻


⸻


気づかないうちに。


⸻


⸻


ある日の夜。


⸻


同僚に誘われた。


⸻


迷ったが、断らなかった。


⸻


「たまにはいいかな」


⸻


そんな気分だった。


⸻


⸻


店の中。


⸻


いつも通りの会話。


⸻


笑って。


⸻


食べて。


⸻


⸻


でも、どこかで気になってる。


⸻


スマホ。


⸻


⸻


画面を開く。


⸻


正利からメッセージ。


⸻


『どこいるの?』


⸻


少し前の時間。


⸻


気づかなかった。


⸻


⸻


『誰と?』


⸻


その下に、もう一つ。


⸻


『なんで言ってくれなかったの?』


⸻


⸻


一瞬、止まる。


⸻


⸻


急いで返信する。


⸻


「ごめん、同僚とご飯来てる」


⸻


⸻


既読がつく。


⸻


⸻


でも。


⸻


返ってこない。


⸻


⸻


数分。


⸻


⸻


何も来ない。


⸻


⸻


さっきまで楽しかった空気が、


少しだけ遠くなる。


⸻


⸻


また画面を見る。


⸻


既読のまま。


⸻


⸻


その時間が、やけに長く感じる。


⸻


⸻


「…ごめん、ちょっと早めに帰るね」


⸻


気づいたら、そう言っていた。


⸻


⸻


理由はない。


⸻


でも、そうしなきゃいけない気がした。


⸻


⸻


店を出る。


⸻


夜の空気。


⸻


少し冷たい。


⸻


⸻


スマホが震える。


⸻


⸻


『もう帰るの?』


⸻


⸻


短い一文。


⸻


⸻


さっきまでの無視が、なかったみたいに。


⸻


⸻


「うん、今帰ってる」


⸻


⸻


すぐに返信が来る。


⸻


『そっか』


⸻


少し間。


⸻


『ならよかった』


⸻


⸻


それだけ。


⸻


⸻


怒ってない。


⸻


責めてもこない。


⸻


⸻


でも。


⸻


⸻


さっきの“空白”だけが、


はっきり残ってる。


⸻


⸻


「なんだったんだろう」


⸻


⸻


そう思いながら。


⸻


⸻


次からは。


⸻


⸻


自然と、先に連絡するようになっていた。


⸻


⸻


それから。


⸻


連絡は、欠かさなくなった。


⸻


朝。


⸻


『おはよう』


⸻


仕事前。


⸻


『今日なにするの?』


⸻


帰り。


⸻


『今どこ?』


⸻


⸻


最初は、ただのやり取りだった。


⸻


でも。


⸻


返すのが遅れると。


⸻


少しだけ、間が空く。


⸻


⸻


既読はつく。


⸻


でも、返ってこない。


⸻


⸻


その“空白”が、


前よりも気になるようになっていた。


⸻


⸻


だから。


⸻


先に送る。


⸻


ちゃんと返す。


⸻


⸻


そうしているうちに。


⸻


“考える前に動く”ようになっていた。


⸻


⸻


ある日。


⸻


クローゼットの前。


⸻


服を選んでいる。


⸻


⸻


スマホが鳴る。


⸻


『今日昨日言ってた新作の服?』


⸻


⸻


写真を送ったわけじゃない。


⸻


昨日、何気なく話しただけ。


⸻


⸻


「うん、そうだよ」


⸻


⸻


『そっか』


⸻


少し間。


⸻


『それ、あんまり似合ってないと思う』


⸻


⸻


一瞬、手が止まる。


⸻


⸻


『一ノ瀬さんは、もっとシンプルな方がいいよ』


⸻


⸻


否定じゃない。


⸻


“提案”。


⸻


⸻


でも。


⸻


クローゼットに戻す。


⸻


⸻


別の服を手に取る。


⸻


⸻


「こっちにしよ」


⸻


⸻


誰に言われたわけでもないのに。


⸻


⸻


また別の日。


⸻


⸻


同僚から連絡が来る。


⸻


『今日ご飯どう?』


⸻


⸻


一瞬、迷う。


⸻


⸻


スマホを見る。


⸻


⸻


——言った方がいいかな


⸻


⸻


『今日、同僚とご飯行くかも』


⸻


⸻


送る。


⸻


⸻


既読。


⸻


⸻


少しして。


⸻


『そっか』


⸻


⸻


それだけ。


⸻


⸻


でも。


⸻


もう分かる。


⸻


⸻


行かない方がいい。


⸻


⸻


「ごめん、今日やっぱ無理かも」


⸻


⸻


自然と、断っている。


⸻


⸻


⸻


ある日の夜。


⸻


部屋。


⸻


静か。


⸻


⸻


正利と一緒にいる。


⸻


⸻


「一ノ瀬さんってさ」


⸻


ゆっくりした声。


⸻


⸻


「最近、変わったよね」


⸻


⸻


澪は少しだけ笑う。


⸻


「そうですか?」


⸻


⸻


正利は頷く。


⸻


「うん」


⸻


少し間。


⸻


「前より、ちゃんとしてる」


⸻


⸻


“褒められてる”


⸻


⸻


はずなのに。


⸻


⸻


胸の奥が、少しだけ重い。


⸻


⸻


「良かった」


⸻


そう言われる。


⸻


⸻


その言葉で。


⸻


⸻


自分が、正しくなった気がした。


⸻


⸻


間違ってなかったって、


思ってしまった。


⸻


⸻


⸻


気づけば。


⸻


⸻


誰と会うかも。


⸻


何を着るかも。


⸻


どう過ごすかも。


⸻


⸻


全部、


一度“頭の中で確認する”ようになっていた。


⸻


⸻


正利の基準で。

選んでいるつもりだった。


自分で決めているつもりだった。


でも気づけば、


その基準はもう、自分のものじゃなかった。

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