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第3話 ウィルオウィスプ



「足に泥がついています」


 ヴァレリウス自分の足を見る。確かにクツとズボンのすそが泥で汚れている。


「湿地でのウィルオウィスプの目撃例は多数あります。昨日の雨でプチャ沼の周囲の湿地はいつもよりだいぶぬかるんでいて、あなたはそこで靴を汚すことになった」


 ヴァレリウスは口を開けて無表情で少し首をかしげている。


「ウィルオウィスプは悪霊の火。目撃者の魂を引きずり込むと言われています。それを目撃したときの対処法はいくつかあります。例えば服を裏返しに着る。これによって他人になったことになり呪いを避けられる。さらに鉄製品は火によって生まれ、魔の力はその火の力を恐れる。あなたの服装と持っているそのナイフがそれらにあたる。そんな男が教会に飛び込んできたとあれば、今さっき、何か怖い目にあったということでしょう。つまりそれは、悪霊の火、ウィルオウィスプ」


「おお、すごい。さすがは叡智の魔導司祭様。なんでもお見通しなのですね」


 ヴァレリウスはほっとした顔をしている。


「さらには、振り返って見てはいけない、声を出してはいけない、などがあります。あなたにはその知識があり、それらを守ってこの教会まで走ってきたのですね」


「は、はい!そうです。その通りです。実は私の叔父がウィルオウィスプを見て、その半月後に死んだのです。それで私は、ウィルオウィスプの噂を人々に聞いて回ったことがあるのです」


「なるほど、その時聞いた知識に従って行動したのですね」


「はい。そうです。その通りです。ラジール様、どうかお助けください。私は叔父のようにはなりたくありません」


「安心しなさい。そんなものは非科学的なただの迷信です。


「で…ですが、確かに叔父は「ウィルオウィスプを見た」と言った半月後に死んでいるのです」


「病気で死んだのですね」


「そうです。呪われて、病気になって死んだのです」


「それはお気の毒です。薄暗く汚い部屋で一人で死ぬのは、寂しくつらかったでしょう」


「ラジール様…なぜ、叔父の家のことまで知っているのですか?」


「湿地と言うのは恐ろしい場所です。ただでさえ足を取られて危険なのに、悪しき空気まで漂っています。さらに、それによって死んだ動物たちの死骸からは、病の元が発生します。ですが病は身の回りを清潔にし栄養のある食事をとれば治ります。あなたの叔父には、それをしてくれる伴侶がいなかったのでしょう」


 ヴァレリウスはうんうん…とうなずきながら聞いているが、理解しているかどうかは分からない。


「教会の裏で待っていてください。清潔な井戸水を用意しますので、それで体や服を洗い、身を清めてください」


「おお、聖水ですね。ありがたや、ありがたや…」


「聖水ではないのですが…まあその思い込みが元気の源になるのであれば良い事です」


 ヴァレリウスは井戸水で汚れを落とし、きれいになったが、その代わりに体が冷えてブルッと身震いをした。


「今日はもう家に帰って冷えた体を温め、たっぷりと睡眠をとってください。その後、家を清潔にし、健康に気をつけた生活を送れば、あなたの叔父のようにはなりませんよ」


 ヴァレリウスは感謝の涙を流している。いただいた聖水の全てを涙にして返そうとでもしているよう、知らない人が見たら哀れと思うだろう程に泣きじゃくっている。


「うおおおぉぉぉんんん。ありがたい。ありがたい」


 感謝の表れか、それとも寒さのせいか、ヴァレリウスは、塩を掛けられたナメクジのように、身を縮ませて、手をこすり合わせている。


「さすがはラジール様。本当に何でも分かってらっしゃる………………でも」




「でも?」






「一つだけ間違っていることがあります」





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