【第二十四話】少しずつ、形になっていく。
「社長、退院おめでとうございます!」
次の週。桐谷さんが青森出張に来て律儀にも花束を持ってきてくれた。
(うわぁ、イケメンに花束、めっちゃ似合う…)
「ああ、まあもう、社長っていうのは名ばかりで全部日菜子にやって貰うことになるからよ。よろしく頼むわ」
言いながら爺ちゃんは花束を受け取った。
「桐谷さん、見てください! ついに、自社ホームページが完成したんですよ!」
私がホームページを見せると、桐谷さんは目を丸くした。
「いいじゃないですか!!綺麗に仕上がってますね!」
ホッとする雰囲気や温かみを出すためにサーモンピンクのような淡い背景に、『湯宿 のんびりや』という可愛らしいロゴと外観写真がスライドされて出てくるようになっている。
婆ちゃんや私が着物を着た写真、松本さんの料理やホタテ丼、爺ちゃんの笑顔が映っている。
ランチの特集ページや予約にリンクするページも作った。
リピーターさんには次からホームページで予約してもらえるように、QRコードのついたカードも渡した。
もしここから予約してもらえるようになったら、手数料をほとんど払う事はなく、宿泊料金を宿で総取り出来るようになる。まあ、のんびりやの場合、他のOTAに予約システムを使わせてもらっているので、1%だけかかるが、それも微々たるものである。
(どれくらい、自社ホームページのお客さんが増えるかな。)
ここから予約してくれたお客さん限定で、手数料がお得になった分、1000円分の売店の商品券を渡している。
「そうですか…最近プランも増えましたし、稼働も9割近くなったという事ですし。
いよいよアワードも近いですね!」
そう言われて胸が高鳴る。
飲み会をしてから何となくスタッフの皆とも話しやすくなったし、爺ちゃんに相談しながら周りにお願い出来る仕事と自分でやらなければいけない事をちょっとずつ振り分けている。
ランチの青森のりんごを使った菅谷さんの手作りのアイスクリームのサービスもスタートして、最近インスタグラムにランチや宿泊に来たお客さん達が写真を上げてくれている。
──少しずつ、少しずつ宿が進化していき、私も女将として仕事に慣れていった。
谷口さんはパートから遂に正社員になってもらい、口コミの星の点数も3.9から4.2に上がった。
たった0.3でも大きな進歩である。
賢治は最近意地悪をしなくなって優しくなったと思う。
そして、桐谷さんは相変わらずかっこいいまま段々季節は巡りに肌寒くなり──。
ついに11月になり改装が始まった。
◇◇
「賢治ー!! これ、上手く塗れねぇべさ!」
私が叫ぶと、賢治がベッドを作っている手を止めて来てくれた。
「ほら、こうやって下から上に薄く塗るのがコツだべ」
そう言って賢治はスイスイと漆喰を塗っていく。
(うー…見てると簡単そうなのに、いざやろうとすると全然上手く塗らないのはどうしてなんだべ)
そんな事を思っていると、手招きされて後ろから回り込むように手を添えられた。
(…わ)
なんだか後ろから抱きしめられているみたいで賢治だというのに不覚にも少しドキドキしてしまう。
「ほら、手ぇ添えてやるから。こうやって塗ってみろ」
ふんわりと香る塗料と少し汗の混じった賢治の匂いに思わず赤面してしまう。
(こ、こういうの慣れてないんだべよー!)
最初は挙動不審になっていた私だが、だんだん漆喰に慣れてきて、さっきよりは上手に濡れるようになった。
「…なんか、少しコツ掴んだかも!」
私がくるりの上にいる賢治の方を見ると一瞬賢治が固まった。
「…そっか、なら良かった」
そう言って、またベッドを作りに戻ってしまった。
「賢治っ!」
私が思わず叫ぶと「ん?」と言いながら顔を上げた。
「ありがとうね」
私がお礼を言うと、一瞬目を見開いた後照れたようにはにかんだ。
「日菜子ー! この部屋の畳の色、これでいいか?」
父の言葉に私は頷く。
「うん! 大丈夫! ベッドを置く部屋は、全部茶色い琉球畳にするから!」
どんどん中も外も変わっていく『湯宿のんびりや』にドキドキワクワクする。
建物自体がだいぶ古くなっているので、建物の水平取ったり、壁紙を張り替えたり、照明をオシャレなものに変えたり。
──まさに大改造である。
今回の改装で完璧に古臭い昭和レトロなインテリアが、和モダンな感じに変わった。
(これだったら、きっと若い人も満足してくれるべな!)
その様子を、爺ちゃんがじっと感慨深げに見つめていた。
──一ヶ月の休みの間、松本さんは奥さんと北海道に旅行に行った。
函館の美味しいお店などを山下さんに聞いて何だか嬉しそうだった。
「いっぱい美味いもんの写真撮って送るから」
そう言って旅立っていき、たまに『のんびりや』のグループLINEに美味しそうなご飯の写真を送ってくる。
(はー…このイカ丼のイカ、まだ動いてるんだけど!)
動画で送られてきた、お刺身になってもまだ動いている函館の新鮮なイカ丼に驚いてしまった。
アルバイトの子達も、シフトが入っていないのに給料を出す事を伝えると、恐縮していたが休みを満喫しているようだ。
谷口さんは正社員になって初めて出たボーナスで、友達と一緒に韓国旅行に行ったようだ。
コスメやマスクなどを大量に買って、ロッテワールドにも行ったらしい。
皆一ヶ月の休みを楽しく過ごしているようで、何よりである。
私は改装業務があるけれど、お客様のおもてなしをしなくても良いので、少しだけ肩の力を抜くことが出来た。
(たまにはこういう時間もいいかもしれねぇな)
来月以降はまた忙しくなるので、束の間のこの休暇でリフレッシュしようと思う私だった。
◇◇
「河南さーん! 久しぶり! その赤いコート可愛いね」
今日は久しぶりに『青森みやびホテル』の川中さんに会っていた。
最後に会ったのは夏だったが、初めて会ったときより川中さんの髪の毛もだいぶ伸びており、ショートヘアからボブヘアになっていた。
モヘアの水色のマフラーと白いコートがなんかとても川中さんっぽい。
「ありがとうございます。川中さんのマフラーも素敵です! お久しぶりです!」
数日前、『良かったらサシ飲みしない?』と言われて初めて二人で飲みに来たのだ。
ここの居酒屋は若女将が一人で営んでおり、おばんざいが美味しいと評判である。
紺色の暖簾をくぐると、カウンターにはたくさんの大皿の中に美味しそうなおかずが並んでいた。
「「カンパーイ」」
二人でカウンター席に座って、私は梅酒のソーダ割、川中さんはビールで乾杯する、
「いやー、それにしても、河南さん大変だったね。『のんびりや』の社長さん、倒れちゃったんでしょ?」
川中さんは気遣うようにこちらの方を見た。
「ええ。でも、何とか元気で戻って来てくれたので良かったです。…前みたいには働けないですけどね」
そう言って私は玉蒟蒻を頬張る。
(あ、この蒟蒻出汁効いててめっちゃうめぇ…)
「そっか、じゃあもしかして、今は河南さん一人で取り仕切ってるの?」
川中さんが驚いたように顔を上げた。
「はい、まあ婆ちゃんも手伝ってくれてますし、爺ちゃんも相談くれぇだったら乗ってくれますけど」
「そっか…。つい最近まで大学生だったのに、本当に頑張ったね。きっと、その状況、私でもつらいと思う」
同じ立場の人に共感してもらうことが出来てなんだか少し嬉しくなってしまう。
「…まあ、アワード目指してますからね」
照れたように言う私に、川中さんが頷く。
「そっか。もう少しできっと結果出るね。今年はどこの宿が取るんだろうね、アワード」
私はグビリと梅酒を飲みながら、ほろ酔い気分で答えた。
「楽しみです」
私達は前回同様、仕事の話や少しだけ恋バナもした。
川中さんは五歳年上の彼氏と同棲をしているらしい。
「えー、もし結婚決まったら教えてくださいね」
「うんっ、連絡するね」
二人ともフニャフニャになって笑いながら楽しい気分でその日は解散した。




