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リトルスター〜鄙びた旅館の女将になった私がテッペンを取るまで。  作者: 間宮芽衣


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【第二十二話】責任は、突然やってくる


「…母ちゃんにはもう連絡した? とりあえず、婆ちゃんは爺ちゃんといてあげて。私は…、行きてぇけど、今日予約してくれたお客様、ちゃんともてなさなきゃいけねぇし…。」


思わず声が震えそうになってしまうが、懸命に自分を奮い立たせる。


『…わかったべ。母ちゃんへの連絡は日菜子に頼んでいい? とりあえず救急車呼んだから。病院行ってる』


「…わかった」


私はすぅーっと息を吸い込むと松本さんに爺ちゃんのことを伝えに行った。


 すると、松本さんはふぅーっと息を吐いた。


「…社長も歳だはんで、身体、大事にしねぇとな。…なんでもねぇといいけど。日菜子ちゃんは今日最低限やってくれたらいいから。あ、谷口さん、今日だけ出てくれねぇかな…? 今日は平日だから、いつもより予約も入ってねぇし」


そう言われて私は慌てて谷口さんに電話をかける。すると、三コール目で谷口さんが出た。


『…日菜ちゃん? どした?』

「谷口さん! すみません、爺ちゃんが実は倒れてしまって…」


ふると、受話器の向こうで息を呑む音がした。


『ええっ! 大変でねぇの! しゃ、社長は大丈夫なんだべか?』


私は声が震えないように何とか伝える。


「今救急車で病院行ったみてぇで…まだ何とも言えねぇ感じで。谷口さん、申し訳ねぇけど、手当とか出すんで今日夜、出てくれねぇかな…」


『わかった! 今から行くから! 日菜子ちゃん待ってて』


──谷口さんは家が近いのもあり、15分くらいで来てくれた。


「日菜子ちゃんっ! 大丈夫? 今日はもういいから! 早く病院行ってあげな」


「…ありがとうございます。宜しくお願いします」


私は頭を下げると、急いで着替えてタクシーで病院に向かった。


◇◇


「軽い脳梗塞です。命に別状はありません」


病院で医師にそう言われて思わず隣にいた母と抱き合う。隣で婆ちゃんは泣いていた。


「良かった…! じゃあ大丈夫なんですね」


「はい。幸い直ぐに処置出来ましたし…。意識もしっかりしてましたから。やはり、もう年齢が年齢なので血管も固くなっていて。どうしてもこれくらいの年齢になると仕方ないかと…。

 ──ただ、もう無理は出来ませんね」


私は思わず顔を上げる。


「それって…」


「──はい。今まで通りにはお仕事は出来ないでしょう。奥様から伺いました。旅館を営んでいるとのことで、結構ご無理もなさっていた、とのことで」


その言葉に私は頭を殴られたかのような衝撃を受けた。


「──そんな…」


「まあ、もちろんリハビリの経過次第ですが。念の為、一ヶ月程度入院して頂きます。若い人なら二週間くらいで退院出来る場合も多いんですが。合併症なども心配なので」


先生にお礼を言ってから診察室を出る。婆ちゃんと母ちゃんと一緒に息を吐く。


「…とりあえず、命に別状はねぐてよかったな」


婆ちゃんの言葉に母ちゃんが頷く。


「んだね! 本当、すぐ救急車呼んで良かった」


二人がホッとした様子で話しているが、私の胸の奥にはじわじわと不安が広がっていく。


(…どうしよう。命に別状がなかったのは良かったけれど…。『のんびりや』から爺ちゃんがいねぐなったら…。私、女将、やっていけんのか…?)


病室に顔を出すと、爺ちゃんは疲れたような顔でイビキをかいて寝ていた。


(…ずっと、本当は疲れてたのに無理してたんだな。私、何もわかってねがった…)


ツキン、と胸が痛む。


──その日の夕方。


「松本さん、谷口さん、ありがとうございました」


私は母ちゃんと、今日は私の実家に泊まるという婆ちゃんと別れて、電車で爺ちゃんと婆ちゃんちに戻った。


 今日は曇り空で、空も海の色も灰色だった。美しい茜色の夕陽も見えず、海がザザーンと音を立てて泣いているように見える。


(…仕事に打ち込むようになって以来、ここが寂しいなんて感じる余裕なんてなかったのに。…はは、やっぱ寂しいな…)


そんな事を考えながら荷物を置いて、旅館に顔を出す。


「…日菜ちゃんっ! どうだった?」

「──社長、大丈夫だったの?!」


松本さんと谷口さんが私に気づくと、心配そうな顔で駆け寄ってきた。


「はい。軽い脳梗塞でした。命に別状はないそうです。谷口さん、シフト変わって頂いてありがとうございます。」


二人の肩から力が抜けたように感じた。


「…そうか…」

「っ、えがった! 本当にえがったよぉ…」


そんな二人に私は何とか切り出す。


「──ただ。もう無理は出来ねぇってお医者さんが仰っていて。これから一ヶ月入院しなくちゃいけねぇし、今まで通り仕事は出来ねぇって言われました」


その言葉に二人は目を丸くする。


 松本さんは少し黙り込んだ後こう言った。


「…そっか。…ばって、ひとまず社長が入院してる間、とりあえず俺達でここを頑張って支えていかねばなんねぇ。──けっぱるしかねぇべ。


 日菜ちゃん、宜しくな」


そう言われて私は顔を上げる。


 松本さんも谷口さんも真剣な目で私のことを見ていた。私はなんとか頷いた後、頭を下げる。


「…どうか、至らねぇ点もあると思いますけど、宜しくお願ぇしますっ」


二人は頷いたあと、ポンポンと背中を叩いてくれて、不覚にもちょっと泣きそうになってしまった。


◇◇


「日菜子ちゃーん! お掃除終わったからちょっと見て貰ってもいい?!」


あれから、瞬く間に時が過ぎていって三週間が経った。


 お付き合いのあるOTAさんとのやりとり、予約の管理、掃除チェックやお客様のおもてなし、プランの登録や備品の発注。


 ──それに、改装に向けての父ちゃん以外の業者さんともやりとりしなければいけない。


 なるべく顔に出さないようにとは思っているものの私はパンク寸前だった。 もう少ししたらファミリー用の水族館付きプランの為の。チケットも取りに行かないといけない。


「はーい! 今行きます!」

 

『しなければいけない』が多い。多過ぎて、その重さに押しつぶされそうだ。


(爺ちゃんも、こんな気持ちになったこと、あんのかな…、桐谷さんが『直ぐやってくれる河南さんは貴重だ』って言ってくれてたけど…。周りの施設さんが直ぐ出来ねぇのもわかる気がする。…私、気づいてなかったけど恵まれてたんだな)


そんな事を思いながら掃除のチェックに行く。


 すると、新しく入ったアルバイトの山下さんが掃除した部屋に埃が落ちているのを発見してしまった。


「──悪いけど、ここ埃落ちてるからもう一回やり直して貰える? ちゃんとモノをどかしてから掃除しねぇとって言ったよね?」


すると、山下さんの眉尻が下がって悲しそうな顔になった。そして、ついつい責めるような口調で言ってしまったことに気づき、ハッとする。


 すると谷口さんが高い声を上げる。


「あらぁ、本当だべな。悪ぃな、日菜子ちゃん。気付かなかったわ」


「いえ…、山下さん、きつい言い方しちゃって悪ぃな。次から気をつけてくれればいいからね」


そう言って謝ってから事務所に戻る。


(…はー。マズイな。周りのスタッフに当たるようになっちまったら最悪だ…)


私は色褪せた事務室で一人、溜息を吐く。


 すると、事務所の電話が鳴った。


『こんにちは。ステイリンクの桐谷です』


(あ、桐谷さん…)


──いつもなら、心が浮き立つのに、今は桐谷さんのイケメンボイスをもってしても、そこまでテンションは上がらなかった。


「はい、お世話になってます。河南です。何かありましたか?」


『…すみません、この前お願いしてたステイリンクセールのプランがまだ販売予約されてなかったようなんですが…』


そう言われて背筋に嫌な汗が伝う。慌てて管理画面から販売予約する。


(…やば! そうだった、作っただけでなんだか疲れて、予約するの忘れてた!)


「…すみません! 今やりました」


『いえいえ、もう大丈夫です。…社長の具合はどうですか? 河南さん、何だかお忙しそうでしたもんね』


心配そうな声で言われてぎゅっと胸が締め付けられる。


(…取引先にまで気を遣わせるなんて私って本当に駄目だな…)


「はい、今入院してますが、もう少しで退院します。すみません、気を遣わせてしまって」


『──いえ。河南さん、あまり無理しないで下さいね。今、全部社長の仕事と今までの仕事、一人でされてるって仰ってましたよね? …一人で全部抱え込んでいたら当然です。 出しゃばるようで恐縮ですけど、この前、プラン用のチケットを貰ったりするのもご自分で行くと仰ってましたけど…。周りの方に、お願い出来そうな仕事があれがいいんですけどね』


その言葉に私は目を見開いた。


(──そうか。つい私がやらねぇとって思ってたけど。…私じゃなくていい仕事だってあるんだよな…)


「…そっか。そうですよね」


『いえ。…周りの方も状況は分かっていると思いますから。河南さんに頼って頂けたらきっと喜ぶと思います』


その言葉にジワリと涙腺が緩みそうになる。


「…ありがとう、ございます」


『いえ。また、青森出張でお会いできるのが楽しみです』


私は受話器を置いて、深呼吸する。


(そうだ、周りを、もっと頼ろう。──皆いい人なのに、どこかで頼ったらいけねぇって思ってたかも)


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