【第二十一話】順調だったのに
『河南さん、先日はありがとうございました。河南さんにお会い出来て、僕もとても嬉しかったです』
──東京から帰ってきてから毎日、桐谷さんが電話をくれている。
受話器を取ると、耳に優しく響く、イケメンボイスにドキドキしてしまう。
『キャンペーンのキーワードを入れてくれませんか?』
(──こんなに『のんびりや』の事を気にかけてくれるなんて桐谷さんもきっと私のこと──)
『ステイリンクスペシャルセールに掲載する特別プランを作りませんか?』
(──…私のこと──)
『来月から掲載される、10倍ポイント旅キャンペーンに参加されませんか?
掲載期間は来月の三日から十四日間。費用は二万円です』
(──うん。絶対! 確実に仕事の電話だべな! こりゃ私のこと、1ミリも女として何も思ってねぇべ)
流石に勘違いするほど私もアホではない。
けれど──。
『河南さん、最近稼働率はどうでしたか?』
「はい!! 早割プランを作ったら85%に上がったんです。ちょっとですけどね。」
すると受話器の向こう側で桐谷さんが息を呑む音がする。
『5%も上がったんですか?! 凄いじゃないですか! 流石河南さんですね』
彼に励まされると、嬉しくなってもっともっと頑張ろうと思ってしまう私は、我ながら単純だと思う。
(よし! 今日もイケメン注入!)
そんな事を思いながら今日も午後の仕事に取り掛かる。
(なんとなく桐谷さんの電話がないと寂しいんだよな…)
最近はリードタイムを長くする為に色々工夫している。
──確かに5%稼働は上がった。
だが、平均単価は500円も下がってしまった。これは由々しき事態である。
(うーん…なかなかうまくいかないべな。飛行機とのパックも青森は空港遠いからイマイチだしなぁ…。東京や、北海道あたりはすごいんだろうけど…)
そんな事を思ってしまう。
「松本さーん。今日、十時半に面接の人が来るから宜しくお願いします!」
「おー、日菜ちゃん。段々若女将も様になってきたな。大丈夫だ。おじさんちゃんと覚えてたよ」
──父と賢治と回転寿司に行った翌日、私は松本さんと爺ちゃんに青森の名物をコースや朝食に入れる事が出来ないか相談してみた。
うちは小規模の宿なので、朝食のメニューはバイキングではなく洋食か和食かをお客様に選択して頂いて、決まったメニューを出している。
なので、なかなか難しいと思っていたのだが…
「うーん…。この前他の宿に家族と泊まりに行った時によ。夜食にラーメンを提供してた宿があったんだよな。
うちも日替わりでせんべい汁かラーメンを仕込みしといて、夜出すくらいならできるかもしれない。
けど、流石に全部おじさん一人でやるのは厳しいから、この機会にもう一人くらい厨房に雇えたらいいなと思うんだども…。これから写真をSNSに投稿してくれた人にアイスをサービスしたりもするんだべ?
もう一人くらい、雇えそうだべか?」
そう言われて爺ちゃんと私は顔を見合わせる。
──確かに爺ちゃんも腰を痛めたり、歳で体力も無くなってきている。だから、松本さんとアルバイトさんだけで回すのは難しいかもしれない。
「…確かにそれがいいかもしんねぇな」
爺ちゃんの言葉で、もう一人厨房に料理人を雇うことが決まった。
今日来てくれる人は、東京のホテルと飲食店で経験を積んだという三十代女性だった。
「──女性か。でもいいかもしんねぇな」
「ああ。ホテルで修行してたなら腕も確かだろうし。あとは面接してみてよっぼどクセがある感じや、松本さんと相性が悪そうじゃなければ採用だな」
松本さんと爺ちゃんが、そんなことを話している。
(女性だったら可愛らしい写真映えしそうな盛り付けとかしてくれるかも!)
私はというと、そう思ってワクワクしてしまう。
──十時二十分になった。
チェックアウト作業が終わり、フロントで今か今かと待っていると、黒髪ショートカットのこざっぱりした見た目の女性が緊張した面持ちで話しかけてきた。
「すみません。十時半から面接予定の菅谷です」
そう言われて私は頷いた。
「お待ちしてました。食事処での面接となりますのでこちらへどうぞ」
案内すると、少しホッとした様子でついてきてくれた。
「こちらでお待ちください」
菅谷さんにそう言って、私は厨房の中に入っていく。
「爺ちゃん、松本さん! 今面接に菅谷さんっていう女性が来たよ」
「おー、日菜子! もう来たか。どんな感じだ?」
爺ちゃんに言われて頷く。
「うん。なかなか感じの良さそうな人だなと思うけど。とりあえず、今食事処で待ってもらってる」
「おー、今行くわ」
二人がタオルで手を拭いて食事処に向かう。
私達の姿が見えると、菅谷さんは立ち上がってお辞儀をした。
「宜しくお願いします」
「あ、どうぞ。座ってください」
そう言われて、菅谷さんが席に座る。
「えーっと、んだば、お名前と簡単に経歴をお願いしてもいいべか」
爺ちゃんにそう言われて菅谷さんが頷く。
「はい。菅谷夏海です。東京のホテルで五年間修行したあと、三年ほど東京の居酒屋で働いておりました。三ヶ月前に地元の青森に帰ってきまして…」
「…へえ。ホテルでは和食? 洋食?」
松本さんが尋ねると、菅谷さんは頷く。
「フレンチです。そのあと友人と働いていた居酒屋でも料理と盛り付けを担当していました」
「へえ。なして、やめちゃったの?」
爺ちゃんの言葉で、菅谷さんは少しだけ眉尻を下げる。
「あ、いえ。辞めたというよりコロナ禍の煽りで閉店してしまったんです…」
「なるほど。そんで、地元に帰ってきた、と」
松本さんは納得したように頷いた。
「一番得意な料理は?」
「はい。前菜用の細かい料理などを作るのは得意ですね。あと、スイーツも作れます」
(あ、じゃあアイスクリームも作れるんじゃないべか!)
私は思わずウキウキしながら彼女のことを見てしまう。
「ちなみにどんな料理を作っていたか、写真とかってあるべか?」
すると、菅谷さんは写真を用意してきてくれていたようで、何枚か写真を見せてくれた。
(うわぁ、フレンチだけあってスッゲェ綺麗な盛り付けだべ!)
「へえ、いいべな。うちは和食中心だけど、それは把握はしてるんだよね? あと、長く勤められそうかな」
松本さんの言葉で菅谷さんは頷いた。
「はい、それは勿論」
「わかりました。それでは、面接の結果は三日以内に電話します。他に気になることはありますか?」
すると、菅谷さんは首を振った。
「今の所は大丈夫です」
「わかりました。では、また連絡しますね」
その言葉で彼女はペコリとお辞儀をすると帰っていった。
「──どう思う?」
爺ちゃんに言われて私は食い気味で言う。
「私はフレンチ出身で写真映えしそうな盛り付けも出来る人だし、いいと思ったけど。清潔感もあるし。松本さんは?」
「んだね。おじさんもいい子そうだと思ったな。東京からわざわざ戻ってきたんだったら、すぐに辞めたりはしねぇと思うし…」
すると、爺ちゃんも頷く。
「…んだば、採用で!」
こうして、『湯宿 のんびりや』に新たな仲間が増える事になった。
◇◇
(最近、順調だな。抽選も当たったし、菅谷さんも大当たりだったし)
菅谷さんを採用して一週間経った。あっという間に青森のりんごを使ったサービス用のシャーベットを開発してくれたし、盛り付けも美しくて綺麗で仕事も丁寧だと松本さんが絶賛していた。
オマケに、午前中は桐谷さんに電話で、『頑張ってますね』とイケメンボイスで褒められてしまった。
(あ、そういえば、今日爺ちゃん見てねがったな…。まだ寝てんのかな?)
思わず鼻歌を歌いそうになりながら、事務所に戻ろうとしていたその時だった。
スマートフォンがけたたましく鳴ったので慌てて通話ボタンを押す。
「──はい」
『──日菜子っ!』
家にいたはずの婆ちゃんからだった。焦った感じの声になんだか嫌な予感がする、
「…どうしたの?」
『爺ちゃんがっ、…っ爺ちゃんが倒れた!!』
(…え。今なんて言ったの…?)
その言葉に私は瞬きを忘れて、思わず呆然としてしまった。
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