【第二十話】はじまりと、不安の気配
「…ついに来た」
──そして、数日後。
チェックアウトが終わり予約の確認をしようかなと思った所で「お疲れ様でーす」と言いながら、郵便局の人が来た。
──渡されたのは一通の封筒。いよいよ助成金の抽選結果が出たらしい。
私はそれは大切に包み込むように両手で持って事務所に入る。そして、ドキドキしながらハサミで丁寧に封を切る。
チョキチョキという音を聞きながらゴクリと生唾を飲み込む。そして、折り畳まれた用紙を開く。
「──っ!!」
結果を見て私は息を呑む。
(…やった!!)
当選の知らせに一目散に宿から飛び出す。そして、今日はお休みの爺ちゃんの部屋に走っていく。
「爺ちゃんっ、やったよ! 助成金の抽選、当たった! 早速いつやるか詰めていかねぇと」
私が役所から来た封筒を持ってドアを開けると、爺ちゃんはまだベッドで寝ていた。
「…おー。日菜子か」
そう言って爺ちゃんが身体を起こした。でもその顔は、なんだか覇気がなく、疲れたように見えた。
(…爺ちゃん? いつもは休みでもこの時間には起きてるのに)
「…あー、悪ぃね。寝てた?」
私が少し気まずくなってそう言うと、爺ちゃんが首を振った。
「…何もだぁ。助成金、いけたのか」
その言葉に私はハッとする。
「…うん、いけたべ。これで改装出来る!」
「そうか、よかったべな。孝一君にも連絡しなくちゃな」
ちなみに孝一とは父の名前である。改装は身内ということもあり、全面的に父の営む工務店でする、という話になっていたのだ。
「ねえ、爺ちゃん。なんだか顔色悪くない? 大丈夫?」
「ああ、もう大丈夫だ」
なんだか無理しているように見えて心配になってしまう。
「…爺ちゃん、もう歳なんだから。無理しちゃいけねぇよ? 今日は一日ゆっくりして。わかったべな?」
「ははっ、そうだな」
私は何度も「絶対だよ?」と念を押しながらその場を後にした。
◇◇
「──日菜子。けっぱってるか」
今日はチェックアウト作業の後、朝から父と爺ちゃんと婆ちゃん、そして今日は仕事が休みだという賢治と一緒にいよいよ改装の計画を立てる事になった。
事務所で父と仕事の話をする、というのは、なんだか少し気恥ずかしい。
私達がテーブルを挟んでで向かい合う中、婆ちゃんがお茶と林檎を出してくれた。
「…なんか、父ちゃんと仕事の話をするなんて、不思議だな」
そう言って私がはにかんでいると、父が少しだけ目元を綻ばせた。
「それにしても大規模な改装だから、一カ月くれぇは休館しねぇといけねぇな…」
一方、爺ちゃんがそう言って、難しい顔をした。
「ええっ、そんなに?!」
私が目を丸くすると、賢治が頷く。
「大きいホテルだと三カ月から下手したら半年くれぇ休館するからな…。俺の建築事務所の取引先のホテルも結構長く休館してた。一カ月だとまだいい方だぞ」
(そっか…。そうだよね…全部が全部出来るわけないか…)
私は日程が決まったら、予約が入る前にすぐに手仕舞いしないといけねぇなぁと考える。
「…そういえば、休館中のお給料ってどうすればいいんだべ?」
私の言葉に爺ちゃんが頷く。
「こっち都合での休業だからな。最低でも従業員に6割は給料を出す必要があるな。ばって、出来たら皆家族もいるし、全額出してやりてぇ」
その言葉に婆ちゃんもお茶を飲みながら頷いた。
「んだね。いつもスタッフの皆、けっぱってくれてるし」
(そうだよね…。ちゃんとお給料出せるようにけっぱらんと…)
とはいえ、不安になってしまう。思わず眉尻を下げていると、賢治がこんな事を教えてくれた。
「確か、俺の職場の取引先の旅館さんは、雇用調整助成金で補填するって言ってた気がするべな。ハローワークに早めに申請した方がいいと思う」
その言葉に思わず私は目を見開く。
「えっ、そんなのまであるんだ。賢治ありがとうっ。流石頼りになるっ」
思わず無意識に賢治の手を両手でぎゅっと握ると、賢治がぷいっと顔を逸らした。
「──べ、別に。知ってたから教えただけだし」
何故か婆ちゃんと爺ちゃんがそんな賢治をニヤニヤしながら見ている。
すると、父がこんな事を言った。
「ほんで、改装はいつにする? 繁忙期とか予約が入ってる月は避けた方がいいべな」
そう言われて慌ててパソコンを開く。サイトコントローラーを見て予約をチェックすると、丁度まだ11月が予約が入っていなかった。
「十一月はどうかな。この月、まだ予約入っていないみてぇだし」
私の言葉に、爺ちゃんが頷いた。
「おお、いいんでねぇか。11月は稼働率も落ちるし。んだば、そこに合わせて色々調整していこうか」
こうして、私達はいよいよ11月の改装工事に向けて、動き出すことになった。
◇◇
「日菜子、んだば、父ちゃんもう帰るな。これからうちの工務店と、やり取りも増えると思うけども。宜しく頼む」
会議の後に、父にそう言われて、私は焦って父のジャケットを掴む。
「あ、待って! 今日と明日、私休みだし今日は実家帰る日なんだ。一緒に帰ろうよ。賢治も良かったら! 皆でお昼でも食べに行かねぇ?」
その言葉に、賢治と父の二人が顔を見合わせた。
──父のハイエースに三人で乗って実家に向かう。
父が運転して、賢治が助手席に乗り、私は後部座席に座る。
父が仕事で利用する脚立や建築資材などが後ろのブルーシートの上でガタガタと揺れている。
「すまんね、賢治君。宿のスタッフでもないのに、日菜子に付き合わせちまって。色々手伝ってくれてるんだって?」
社内には父の好きなスピッツのロビンソンが流れている。
「いいんですよ。こういうの、俺好きだし。日菜子も頑張ってるみてぇだから、応援してやりてぇなって」
賢治の言葉になんだか胸があったかくなる。
(…そっか。なんか嬉しいな)
「じゃあ、今日はおじさんがお礼にお昼ご馳走してやるから、二人で好きなもん食え」
父の言葉でテンションが上がってしまう。
「えー!! いいのっ、父ちゃんっ! じゃあ私、回転寿司行きたい!」
思わず私が叫ぶと父が溜息を吐く。
「…日菜子じゃなくて賢治君への御礼なんだからな」
「えー…」
私が頰を膨らませると賢治が笑う。
「ははっ、いいですよ。俺も回転寿司好きなんで」
「…へば、回転寿司に行くか」
三人で回転寿司店に行くと、平日だというのに結構混んでいた。特に、大きなキャリーバッグなどを持った観光客で賑わっている。
「結構、観光の人が多いべな」
私の言葉に賢治が頷く。
「んだな。まあ、立地もあるんだろうけど、ここの回転寿司屋って結構青森の名物狙って出してるみたいだからな。
寿司ネタもそうだけど、りんごを使ったデザートとか、汁物に煮干しのラーメンとか、せんべえ汁とか出してるし」
その言葉に私は思わず顔を上げる。
「えー、煮干しラーメンってお店まで行かないんだべか?」
「全部の人がそうとは限らないんでないか? たっぷり観光する時間が皆あるとはかぎらねぇし。ましてや、出張の人なんてとんぼ返りだべ」
父の言葉に私は思わず目を見開く。
「…そっか。へば、宿の朝食バイキングのメニューに名物入ってたら嬉しいかな?」
すると、賢治が頷く。
「それはそうでない? 俺も出張行って朝食バイキングでご当地グルメ食べれたらテンションあがるし」
(…そっか、盲点だった! ちょっと松本さんに朝食のこと相談してみよ。あ、でも、もう一人くらい厨房に人雇ったりしねぇと厳しいかな…)
私が一人、そんな事を考えて悶々としていると、父が訝しげな顔をした。
「日菜子、変な顔してどうしたんだ?」
「いや、うちの宿でも、ホタテや海鮮だけじゃなくて、青森の名物をこのお店みてぇに沢山出す方法ねぇかなって」
私がそう答えると、父が目を丸くしたあと、口の端を上げた。
「…そか。──ちゃんと女将、真剣にやってるんだな。最初本当はOLになりたい気持ちも強かったのかなって心配したけどよ」
そう言って父が嬉しそうにしていたので、なんだか胸の奥が擽ったくなってしまう私だった。




