【第十八話】ドキドキと、安心と。
「──今日は本当にありがとうございました」
私はエントランスで桐谷さんに頭を下げた。
「…いえ。こちらこそわざわざお越し頂き本当にありがとうございました。
…花澤が失礼な事を言ってしまいまして、申し訳ありません」
そう言って桐谷さんが眉尻を下げた。
「──いえ。本当の事なんで。
それに、桐谷さんが『のんびりや』がアワードを取れるって信じているって言ってくださって、本当に嬉しかったです」
その言葉に桐谷さんが目を綻ばせる。
「──僕は本当にそう信じているので。河南さんなら出来ます。──一緒に頑張りましょう」
そう言って真剣な目で見てくる桐谷さんにドキドキしてしまう。
「…はい。宜しくお願いします」
私はそう言ってエントランスを出た。
桐谷さんは私が見えなくなるまで見送ってくれた。
(…私、桐谷さんが信じてくれるなら、この人の為にも絶対アワードを取りたい)
改めてそんな事を思ってしまった。
◇◇
「日菜子ー!! 元気にしてた?!」
その日の夜。私はクラスで一番仲の良いチハルの家に泊めさせてもらった。
「うん! 元気だった。チハルも元気だった? 泊めさせてもらうことになっちゃって悪ぃね。はい、これお土産」
「わぁ、ポロショコラじゃん! ありがとうっ! 私から泊まってって言ったんだから気を使わなくていいのに」
そう言ってチハルは嬉しそうに受け取ってくれた。
「明日は朝早くに美容室だから早起きしねぇと」
「だね。やー、もう卒業か。早いね…。というか、日菜子が女将とか超ウケるんだけど」
その言葉に私は思わずチハルと顔を見合わせて笑ってしまう。
「確かに。私が一番驚いてるべ。…チハルはこのままここに住むんだもね」
「そうそう! 契約社員だけど、大きい会社に入れて良かった。まずは三年間頑張って正社員目指す。
──駄目だったら転職かな」
私はチハルの入れてくれたココアを飲みながら頷く。
「いいんでない。それで。もしかしたら三年経ったら他にやりたい事とか出来てるかもしれないし。
そう言えばチハル、彼氏とうまくいってるの?」
チハルはバイト先で出会った一つ年上の彼氏と、二年生の秋から付き合っている。
二回ほど一緒に飲んだ事もあるが、理系の大学に行っているらしく頭も良さそうで、優しそうな人だった。
「んー…。一応ね。でも、去年社会人になってから余裕ないみたいであんまり遊んでくれなくなっちゃって。ちょっと寂しいんだよねぇ…」
そう言って溜息を吐いた。
「…まあ、チハルも社会人になるわけだべ?チハル自身が忙しくて余裕なくなるかもしれねぇし」
「そっか…まあそれもそうだね。日菜子は最近気になる人とかいるのー?」
チハルの言葉で桐谷さんの顔が思い浮かぶ。
「素敵だなって思う人はいるんだども…。取引相手の人だし、向こうは何も思ってないと思う…」
「えー、気になる! 写真とかないの? 見たいっ!」
私はついつい口元を緩めながら、今日ステイリンク本社のカフェテリアで撮った写真を見せてしまった。
「この人なんだども…」
「え?何この人芸能人か何か…? やば〜い…、日菜子、こりゃちょっと高嶺の花だね…。めっちゃ美人な彼女とかいそう。
日菜子も可愛いけどさ、こういう人に似合うのが薔薇なら日菜子はどっちかというとタンポポよりだよね。」
そう言われて少し落ち込んでしまう。
「やっぱり…?ばって、素敵なんだよなぁ…。しかも、凄くいい人で。今日少しだけ、悪気なくだけど馬鹿にされた時、庇ってくれて。」
「あー…この顔面に優しくされたら確かにやばいね。ま、案外いけるかもよ? がんばー」
チハルのテキトー発言で、何となく気が楽になった私はソファの上のクッションに身体を傾ける。
「…もう少ししたらスーパー銭湯いこっか。泊めてもらったし私が出す。もう女将の給料出てるし」
「え、まじで? ラッキー! ありがと。じゃあそのままスーパー銭湯でご飯も食べてこようよ」
そんな事を言いながら二人で準備して家を出た。
冬の寒さはなくなり、外には桜の花が咲き乱れていた。毎年見ていたこの景色をもう見ることはないんだなと思うと、少ししんみりしてしまった。
──次の日、私はチハルと早朝に美容室に行って着付けをしてから卒業式に出た。
可愛らしい袴を着たクラスの子達と、桜が満開の校庭で記念撮影をした。
(…本当に学生時代が終わっちまったんだな…)
そんな事を思いながら私は青森に帰っていった。
──次に東京に来る時はあの壇上に立てるように、と願いながら。
◇◇
「よ、日菜子。──おかえり!」
実家に帰ると、何故かまた賢治がいて目を丸くしてしまう。
「ただいま…って賢治また来てたの?」
「今日日菜子が帰ってくるから、ご飯食べにおいでって誘ったんだべ」
そう言って母が笑っている。父は向かい合わせで賢治にビールを注いで貰っていた。
「すみません、なんかいつもご馳走になっちまって」
賢治は生姜焼きを頬張りながら幸せそうである。
「…なんだよ」
私がジッと見ていると、賢治が訝しげな顔をした。
「──いや、よく食うなぁと思って」
「だって、おばさんの料理うめぇんだもん。日菜子も食えば?」
そう言われて私はいそいそと席に着く。
「──お疲れ様。日菜子、卒業式どうだった?」
母の言葉に私はお味噌汁を啜りながら頷く。
「うん。やっぱり友達とも会えたし行って良かったべよ。チハルとも会えたし」
「ステイリンクの本社にも行ってきたんだろ? どうだった?」
賢治の言葉に満面の笑みで頷く。
「凄かったよー! 見てこれ、ステイリンクのカフェテリア!」
そう言って写真を見せる。
「へえ。お洒落じゃん。他の写真も見てもいい?」
「うん、いいよー」
私がそう言って生姜焼きを食べていると賢治の手が止まった。
「…ふーん。桐谷さんと昼飯食ったんだ」
そう言ってぐびっとビールを飲んだ。
すると、母がスマホを覗き込んでくる。
「え。日菜子。誰この国宝級イケメン」
(あ、流石親子。母ちゃんも婆ちゃんと同じ事言ってる)
「ステイリンクの担当さんだよ。この日、お昼ご飯もご馳走になっちゃって。いやぁ、凄い綺麗なオフィスで感動したぁ…」
「いいなぁ。母ちゃんもこういう所、一回行ってみてぇなぁ」
夕飯を食べ終わった後、私はお土産を買ってきたのを思い出した。
「ねえねえ、お土産買ってきたよ。この前は東京バナナだったからバターミルフィーユ買ってきた。
みんなで食べようっ」
「でかした! さすが日菜子」
母ちゃんが目をキラキラさせてお茶を入れてくれた。一方、賢治はなぜか難しい顔で黙り込んだままだ。
「…賢治? どしたの? なぁんか、元気ないべな…」
私が顔を覗き込むと賢治の肩がびくりと震えた。そして、ぷいっとそっぽを向いた。
「──別に。」
「あ、そうだ! 賢治撮影してくれたりいっぱい手伝ってくれたべ? んだから、これ。賢治ビール好きだし」
私は賢治に東京駅で買った瓶のクラフトビールを渡した。
「…どうもな」
賢治は一瞬固まった後、受け取ってくれた。
「んーん、なんもだよ」
すると、賢治は何かを言いかけた。
「──なぁ。日菜子は桐谷さんのこと…」
「ん?」
私がキョトンとして見つめると、賢治をふぅーっと息を吐いた。
「…いや、やっぱ、なんでもね。」
「何ー?気になるべさ。」
賢治はそのまま席を立つと、母にお礼を言った。
「おばさん、ご馳走様です。そろそろ帰ります。」
「え、賢治もう帰んの? ゆっくりしてけばいいべさ。日菜子、んだば、賢治のこと見送りに行って」
そう言われて私も立ち上がる。
玄関に着くと、賢治がポツリと呟いた。
「…今度さ。旅館のベッド、作るわ俺。」
その言葉に私は目を見開く。
「…そんなことまでいいの?」
「ああ、したらな。日菜子もおつかれ」
賢治は私の頭をぽんぽんっとした。
「もうっ!髪がまたぐちゃぐちゃになる!」
「ははっ、悪ぃ悪ぃ」
そう言って笑った賢治を見て、なんだか安心してしまった。




