第91話 泥棒猫
ストックが切れ始めたので、投稿速度落とします。。急いで読みたい方はカクヨムの方を見ていただけると嬉しいです。
俺は次の予約まで少し時間が空いたので、家にいるファシアちゃんと画面越しに交流している。
「ファシアちゃんは元気に留守番しているかなー?」
「ニャ……」
今日は綾辻先輩が病院実習で帰ってこない。
というか、ここ数日はずっとそうだ。
医学部六年生、あまりにも忙しすぎるんだよなぁ。
だから今日は、十三の鍼灸院にいるのは俺一人だ。
ファシアも連れて来られていない。
先輩に「バイクにファシアを乗せるのは禁止」と言われたせいで、こんなふうに通話することになっている。
理由は俺の運転が荒いっていう先輩の誤解だ。
先輩いわく『ファシアちゃんをバイクに乗せるのは危ない』らしいが、納得はしていない。
俺ほど法律を守って生きている人間はいないというのに。
理不尽にぼやいていると、ペットカメラの画角からファシアが消えていることに気づいた。
ぼやきながら画面を指でスワイプして、ペットカメラの首をゆっくり振る。
「あれ、ファシアちゃん。どこいったの?」
右、左、もう一回。
カメラを振っても、部屋のどこにもいないように見える。
次の瞬間、ベッド下の暗がりがもぞっと動いた。
ファシアちゃんが、そこから顔を出した。
黒い何かを咥えている。
……いや、俺のパンツだ。
「ニャッ!」
……困った子だなぁ。
ファシアちゃんは俺の前に狩りの成果物を持ってきて自慢してくる癖がある。
今回もその活動の一環だろう。
だけど、俺の下着を持ってこられたのは流石に初めてだ。
いつもは先輩の下着だったのに、今回は俺だ。
コレクションの幅を拡充したんだろうか。
なぜかこの子、飼い主の靴下や下着を集めるのが趣味みたいだ。
しかも、それはこの前先輩にプレゼントされたばかりのやつ。
最近、一個ないと思ってたんだよなぁ。
なんか、カルヴァンなんとかというブランドの奴で凄く流行ってるんだとか。
正直、普通のボクサーパンツにしか見えない。
でも高かったらしいから、喜んでいるふりをしている。
「あー、ファシアちゃん。それ返して欲しいんだけど……」
ファシアちゃんは褒めて欲しそうでキラキラした目をカメラに向けている。
「ニャ……!」
なぜ、盗んだ相手から褒めてもらえると思っているんだろうか。
そんな時、鍼灸院のチャイムが鳴った。
「あ、お客さん来たみたい。またあとでね」
そう言って通話を切った。
その獲物は先輩にでも褒めてもらいなさい。
ドアを開けると小柄で筋肉質な青年が立っていた。
右手を庇うようにドアを開ける仕草が、痛々しい。
「すみません、ここが日野鍼灸院であってますか?」
「えぇ、あってますよ。どうぞ」
この患者さんは大石君。
俺の元バイト先から紹介されたアマチュアボクサーだ。
矢野さんに話を聞いた限りでは、先週の試合で右腕を痛めてから練習ができていないらしい。
少し不安そうにしている。
紹介先がアパートの一室だったら、そりゃ不安にもなる。
だけど、俺には“必殺技”がある。
最初の数分で、相手の不安をほどく導線を作る。
まずはヒアリングのために座ってもらう。
そして、誰でも視線が行く位置に、例の写真をでかでかと飾ってある。
「えっ、ここって大仙選手も通ってるんですか!?」
そう、西宮に存在するセリーグの超人気球団の四番の選手だ。
実は大仙選手、俺のLINE友達の大和田選手の大学時代の後輩だったりする。
俺は大和田選手に頼み込んで一回だけこの鍼灸院に来てもらった。
刑務所並みに練習が厳しい某大学。
上下関係も鬼のように厳しい。
大和田選手経由で依頼すれば、超多忙な選手でもある程度融通がきくのだ。
「そうなんですよ! ちなみに隣にいる写真の選手知ってます?」
俺はブルーラプターズのユニフォーム、6番の選手と俺が写ってる写真を指差した。
「えっと……、ごめんなさい。分からないです」
犬飼選手はブルーラプターズのレジェンドだ。
でも一般人からしたら「誰?」って感じなんだよなぁ。
悲しい。
その点、大仙選手は関西人十人に聞けば九人は知っているだろう。
野球を見たことがない女子高生でも知っているに違いない。
俺はブルーラプターズのスタッフなのに壁に貼ってある写真やサインは西宮の球団のものばかりになっている。
だって、そっちは簡単に手に入るんだもん。
そんなことをしていたら、選手経由で俺の腕が伝わったらしく、向こうからも専属スタッフの話が飛んできた。
そして、理不尽なことに犬飼コーチに怒られた。
恨むなら無名な己の身を恨むのだな。
といっても、今の専属契約を破棄するつもりは全くない。
普通に楽しいし、今年から条件がかなり良くなったし、それに仲のいい選手が多いからな。
写真を眺めている大石君は犬飼コーチが選手時代に撮った写真を眺めている。
「でも、この写真はユニフォームなんですね。球場で撮ったんですか?」
「あぁ、僕はブルーラプターズのスタッフも兼任しているんですよ」
「えぇ、日野さんはプロ野球球団のスタッフなんですか!?」
大石君が一気に俺を見る目が変わった気がした。
大仙選手で掴みを作って、犬飼コーチの写真に話題を移す。
最後にプロ野球の“威”を借りる。
これが俺の戦法だ。
患者との信頼関係、医療者にとって最も大事なそれを写真数枚で稼げるならやらない理由はないんだよなぁ。
まぁ、アイスブレイクはこのくらいでいい。
俺は大石君の右手の庇い方を、もう一度だけ観察する。
それから話を本題に戻した。
早速症状を聞き取っていく。
先週の試合中、腕が空振りして相手と揃って転倒した、と。
それ以来、腕が痛く練習ができない。
話を聞いていた俺は症状より気になったことがある。
大石君の目の下の、異常なクマだ。
「最近はちゃんと眠れていますか?」
「試合の日から寝れてなくて……、その事故で相手を骨折させてしまったんですよ」
なるほど、試合の罪悪感から寝れないわけか。
でも、寝れないのは問題だなぁ。
回復の邪魔になると思うし。
「まぁ、骨折はお互い様ですし、気に病まなくていいと思いますよ」
「えっ、僕骨折してるんですか……?」
あ、それすら気づいていなかったのか。
まぁ、気づいているなら整形外科に行くか。
どんなふうに言い訳をするか、考え始める俺であった。




