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服の下を透視する能力を得たら、あなたは何をしますか?  作者: メモ帳パンダ
間章 周囲から見たヒノくん

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第90話 痛みは美徳

「イタタタッ、日野くん! 痛いよ! 痛い!」


「痛みが出るのは効いてる証拠ですよ〜。多分」


 今日は出張マッサージだ。

 近所のクリニックの前を通りかかったら、顔なじみの看護師さんに『お茶でも飲んでいかない?』と呼び止められた。


 そのまま待合で、お菓子をつまみながら雑談していると、ちょうど先生が昼飯から戻ってきた。

 夏目先生。眼鏡をかけた優しい内科の先生だ。

実は凄腕の内科医だったりする。


『おっ、日野くん久しぶり。土曜日なのに球団の仕事はいいのかい?』


『今チームが遠征中なんすよ。……夏目先生、肩凝り激しいですね。マッサージしましょうか?』


『じゃあ、お願いしようかな』

 

 そんな流れで予定外に施術をすることになり、診察室に通されて――いま、夏目先生が悲鳴を上げている。


 鍼の道具は持っていない。手技だけでやり切るしかない。

 今日は手技オンリーのフルコースだ。

 夏目先生にはいつもお世話になっているしな。


「痛い痛い……痛い!」


 ウチの常連の莉子さんで鍛えられた手技だ。

 肩の筋肉の隙間から深層にアクセスして、強引にほぐしていく。


「はーい、大丈夫ですよ」


 この一年、剣道のために筋トレをかなりやってたからな。右手の握力はこの前測ったら90kgあった。

 その握力を存分に活かしたマッサージだ。

 でも、力押ししているだけじゃない。筋繊維を傷つけないギリギリを見極めてほぐしている。


「僕が大丈夫じゃないって言ってるんだよ! 痛い痛い!」


 やっぱり鍼の方が俺には合っているな。

 マッサージもいいところはあるけど、同じ効果を狙うなら何回かに分けないといけない。

 一回でやり切ろうとすると、夏目先生みたいに痛がることになる。

 それに、手技じゃ届かない位置の筋肉も多い。


「はーい、これでマッサージ終了です。初めてのマッサージはいかがでしたか?」


「僕は君の恨みを買うようなことした? もう二度と君にはマッサージは頼まないよ!」


 そう言い捨てて、夏目先生は険しい顔のまま肩を回した。

 次の瞬間、ふっと表情が緩む。

 さっきまでの凝り具合が嘘みたいに動きが軽い。


「……酷い目にあった」


 ぼやきながら、肩をぐるぐる回している。


「喜んでいただけてよかったです」


「話聞いてる?」


 口ではそう言うが、筋肉は正直だ。

 俺の目には夏目先生の筋肉が喜んでいるのがわかる。

 ……つまり、ツンデレってやつだな。


 俺のマッサージは、表層の凝り固まった部分をほぐす。

 痛みゼロのリラクゼーションをしたいわけじゃない。

 マッサージは握力がものを言う。

 前回、深層に入れた鍼の効果が、まだ残っているんだろう。

 その相乗効果で、施術後の動きがここまで滑らかになっている。


 

「あ、そうだ。夏目先生に用があったんだった」


 そういえば、夏目先生に聞いておきたいことがあった。


「そういや虫垂炎の患者さん紹介したんですけど、ちゃんと来ました?」


 この前、うちに初診で来たアスリートが、どうも虫垂炎っぽかった。

 自覚症状はなかったが見た感じ炎症の気配があったので、このクリニックでの検査を勧めておいた。


「あー、昨日来られたよ。市民病院で手術してもらうことになった」


「あの方は手術が必要だったんですか?」


 俺の見立てだと、薬でいけるかなと思ったけど、夏目先生の判断は違ったらしい。


「再発のリスクを考えるとね。来年からアメリカに留学するらしいし、シーズン中の再発は避けたいってさ。それにあっちだと治療に何百万円もかかるし」


 なるほどなぁ。確かに保存療法には再発のリスクがある。

 しかもアメリカだと、いざ再発すると金額がシャレにならない。

 民間の健康保険に入っていても高額請求は来るし、入ってなければ虫垂炎の手術で600万円なんて話もある。


 ……そういう事情なら、確かに早めに切った方が安心だ。


 俺は素直に頷いた。


「ありがとうございます。お礼と言ってはなんですが、またマッサージしに来ますね」


「来なくていいよ! もう君にマッサージは頼まない!」


 俺のマッサージを受けた人は、最初はだいたいそう言うんだよな。

 でも、リピーターは驚異の100%だ。


 夏目先生は話を変えてきた。


「そういえば、キミの彼女は今年六年生だっけ?」


 綾辻先輩は医学部の最終学年、今年が六年生だ。


「そうなんですよ」


 実習をこなしながら進路の準備をして、国試対策もする狂った学年だ。最近は鍼灸院の手伝いもできないくらい忙しい。


 そんな雑談をして夏目先生と別れた。クリニックを出て駅までの道を歩きながら、自分のことを考える。


 俺自身もこの四月から医学部の三年生になった。

 普通の大学なら卒業も見えてくる頃だけど、医学部はまだ折り返しにも達していない。授業もほぼ専門だ。


 医学部の授業ってのは専門的で難しい。

 ……たまに、この内容が本当に必要なのかと思う時もある。

 例えば、ラテン語で骨の名前を全て覚える必要性は割と謎だ。

 まあ……タイムスリップしてきた古代ローマ人の診察がしやすいとか、そんな理由なんだろうか。


 今日はこのあと、以前働いていた整骨院に用がある。

 夏目先生のクリニックから少し離れたところにある整骨院へ寄った。


 見慣れた看板が見えてくる。『診察時間外』と書かれた札を避けながら扉を開けた。


「こんにちは〜」


 受付の新人さんに、用事があることを告げて取り次いでもらう。

 

「あら、ヒノくん。わざわざきてくれたのね」


 出てきたのは、俺がお世話になった矢野さんだ。

 美人なお姉さんで今はここの院長をやっている。

 ちなみに、最近結婚したらしい。


「まぁ、矢野さんにはお世話になってますから」


 今回は電話で相談を受けてやってきた。

 整骨院に通っている患者さんで、矢野さんの手には負えないと感じた人がいるらしい。


「ボクシングやってる大学生なんだけどね、先月試合中の怪我をしちゃって……」


 なるほどなぁ。整形外科に繋ぐべきかどうかも含めて、俺の意見が聞きたいらしい。

 その後に患者の空き時間と俺の予定を突き合わせる。


「水曜日の18時ならいけますね」


「わかったありがとう。じゃあ伝えておくね」


 その後も要点を確認して話を詰めた。

 水曜の十八時、俺はそのボクサーを一度診て判断することにした。

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