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服の下を透視する能力を得たら、あなたは何をしますか?  作者: メモ帳パンダ
間章 周囲から見たヒノくん

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第88話 警察官の悲哀

◾️週間バズパンチ 12月第2週号◾️


 剣道界で、その名を知らない者はいない。


 『警官十一人殺し』


 今年の大学選手権大会を制した日野選手である。

 ニュースでも取り上げられたため、覚えている人も多いだろう。

 医学部生として初の優勝者でもある。


 なぜ、そんなあだ名が付いたのか。その由来は、彼が中学時代に起こした事件にある。


 記者は気になり、過去の事件を調べることにした。

 舞台となったのは、兵庫県姫路市内の閑静な住宅街だ。

 取材に応じたのは、兵庫県警・姫路西署の元警察官である。

 匿名を条件に語ってくれた。


 ――


「あれは兵庫県警の汚点なんですよね」


 事件の発端は、110番通報だったという。当時の日野少年は錯乱し、『化け物に襲われている』と警察に通報した。


記者「こういった通報はよくあるんですか?」


「たまにありますが、少年からの通報は珍しいですね。基本的には認知症の方からの通報が多いです。署から生安(生活安全)課のペアを派遣しました」


 生活安全課は、主に家庭内のトラブルや少年の非行に対応する部署で、少年への対応にも慣れている。


記者「部屋に入ろうとした一人目が倒され、室内に取り残されたと聞きました」


「ああ、やられたのは次に来た捜査一課の人間ですね。生安のペアは少年と会話しただけです」


 生活安全課から刑事部に相談が入り、立てこもりなどの重大事案を担当する捜査一課の警察官四人が現着した。

 バリケードで塞がれたドアを破壊し、室内に突入した。


「バリケードのせいで一人ずつしか入れず、一人目は制圧に近づいた瞬間、やられて行動不能になりました」


 その時点で、警察側は少年が剣道の有段者だと把握しておらず、早急な突入は拙速だったと言わざるを得ない。


記者「拳銃を持ったまま、行動不能になったんですか?」


「はい。その時点で、副署長が直々に指揮を執る重大事案として扱われました」


 少年が増員のパトカーに気を取られた隙に、決死の救出を行った。

 ただ、少年は拳銃にも警察官の離脱にも興味がない様子だったため、救出自体は容易だったという。


「次にバリケードを破壊し、六人が一斉に突入した。ここからが悪夢の始まりだったんですよ」


 反省を踏まえ、さすがに拳銃は外したうえで一斉に突入したとのこと。


「結局、六人がかりで負けた間抜けな警察官たちが生まれただけでした(笑)」


記者「六人がかりで負けたんですか?」


「ええ。救出はされましたが、一軒家の廊下は負傷者であふれる地獄絵図になりました」


 少年は障害物を使い、一対一の状況を巧みに作ってきたという。

 リーチの差も影響していた、と後に分析されたらしい。少年の武器は竹刀で、警官側は警棒だった。


記者「警官たちは救急車で運ばれたんですか?」


「いや、救急車は呼びませんでしたね(笑)」


記者「それはなぜですか? 何人かは内臓損傷するほどの重症だと聞きましたが」


「警察は公妨(公務執行妨害)を事件化するのを嫌がるんですよ。救急車を呼んだら、内々に処理できないじゃないですか」


 県警内には、公務執行妨害は『恥』だという意識があったという。

 警察官側の注意力散漫や鍛錬不足として扱われ、積極的な送検は避けられていた。


記者「確かに、少年に抵抗されて公妨というのは、組織としては面倒な話になりますね」


「この時点では、拳銃が少年の手の届く場所に放置されていたことも、隠蔽しようとしていたんです」


記者「おっと、それは爆弾発言ですね」


「まあ、結局は県警本部から機動隊を呼んだ時点で、揉み消せなくなったんですがね(笑)」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 姫路西署の署長室。

 署の中でも指折りに静かな部屋――そのはずの空間が、今日はやけに騒がしかった。


「なにが、(笑)だよ!」


 ――ドンッ!

 副署長の瀬川が机を叩いた。

 目の前には、今日発売のゴシップ誌が開かれている。


「副署長〜、うるさいです!」


 近くに座る広報係の若い女性署員に叱られ、瀬川は思わず「すまんすまん」と頭を下げた。

 瀬川は話しかけやすい副署長として知られている。悪く言えば舐められている。

 その原因は過去のこの事件のせいであった。

 瀬川は雑誌の特集で『六人の間抜けな警察官たち』と呼ばれたうちの一人で、事件の当事者だった。


 忘れかけていた過去を掘り返され、瀬川は腹の底が煮えた。

 もう一度、机を叩く。


「身内の恥、しかも少年事件の詳細を記者にバラしてる奴は誰だよ!」


 記事の内容は妙に正確だった。内部の人間が答えたとしか思えない。


「副署長! うるさいです、仕事になりません! 退職者なんて山のようにいるから、特定できるわけないです!」


「すまん、すまん……そうだよな」


 今朝、署長からこの雑誌を渡された瞬間、瀬川の背筋は冷えた。

 署長は県警本部に呼び出され、いまも不在だ。

 今年就任したばかりの警察庁からの出向者で、事件の詳細も初耳だったはずだ。気の毒な話だった。


「なんで……俺が副署長やってる時に、あの少年が全国大会で優勝しちまうんだよ……」


 事件の当事者が有名人になったことで、過去が隠せなくなった。

 記者が嗅ぎつけてしまったわけだ。

 姫路西署、ひいては県警が隠してきた恥が、全国に晒された。


 事件当時の危機管理は、少なくとも表向きは完璧に近かった。


 負傷者も出て、機動隊まで呼ぶ大ごとになった以上、少年は検察に書類送致された。だが――

 書類送致時の意見書では「しかるべき処分」を求めた。警察用語で言えば不起訴相当だ。

 全件送検の建前は守るが、起訴は避けてくれ――そういうメッセージだった。


 その意見書には、少年が十四歳になったばかりだったことも反映されている。錯乱した精神状態も同様だ。

 だが、それに加えて、家裁などで証拠が開示され、警察の失態が明るみに出るのを避けたい、という思惑もあった。


 目論見通り不起訴で決着し、事件の重大性の割には大ごとにならなかった。


「少年事件ってことで、うるさい記者も黙らせられたし……」

 

 当時は少年事件という性質を盾に、取材はある程度シャットアウトできた。

 拳銃の管理不届も報道されず、県警内の始末書だけで処理できた。

 ところが、その対応が歳月を経て突然白日の下に晒された。


 瀬川が雑誌を睨んだまま黙り込むと、女性署員が話しかけてきた。


「副署長は、日野少年に善戦できたんですか?」


「無理、無理。何もわからない間にやられちゃったよ」


 瀬川が制圧に入ろうとした瞬間、腹部の激痛で床に転がっていた。

 何をされたかすら知覚できなかった。

 パトカーで署に運ばれ、渋る上司に頼み込んで救急車を呼ばせた。

 医師から下された診断は肝損傷――いわゆる内臓破裂だ。


「本当に酷い目にあった……」


 入院中、少年から謝罪の手紙も届いた。

 あの時は複雑だった。詫びるべきは俺の方だろう、と思った。

 十四歳の子ども一人を制圧できない警察官が悪いんだから。


「というか、中学生なのに強すぎる日野少年がいけないんだよ……」


 記事の中で『拙速』の一言で流されている一人目の警察官は、元機動隊で柔道の有段者だ。

 普通に考えて、十四歳になったばかりの少年に負ける想定などしない。

 拳銃を持ったまま最初に突入したことを非難されるのは、さすがに気の毒だと瀬川は思った。


 事実、万全の装備で突入した機動隊からも四人の犠牲者が出ている。

 少年の実力が高すぎたのは明らかだ。実際に彼は剣道で日本一になっている。


 瀬川を含む一般警官は始末書程度で済んだ。

 相手は少年とはいえ剣道の有段者だ。

 署内の笑い者にはなったが、組織としての処罰は特になかった。

 副署長まで昇進している瀬川自身がそれを証明している。


 だが機動隊は相当に白い目で見られたらしい。

 厳しい訓練の代わりに日々の激務を免除されているのに、子どもに負けるとは何事だ――そういう声が強かったという。


「もう、事件のことなんて忘れかけていたのになぁ」


 長い歳月を経て、瀬川は命をかけて職務を全うし、ついに副署長まで昇進した。

 副署長――つまり広報責任者にまで出世してしまった。

 明日の記者会見のことを思うと胃が痛くなった。当事者が自分自身なのだ。知らぬ存ぜずは通らない。

 この記事が出てから、署への抗議電話は鳴り止まない。


 そのとき、また電話が鳴った。

 受話器を取った広報係の女性署員が少し話し、保留ボタンを押して瀬川に声をかける。


「副署長〜、県公安委員会から、話題の件でお電話です」


 胃の奥がずしりと沈んだ。

 瀬川は椅子に沈み込み、受話器を手に取った。

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― 新着の感想 ―
 剣道の有段者に棒状のモノを持たせると危険がアブナイ。  でもって、柔道の技をアスファルト地面で行なうと――……。  ファイターとして愚直に一番タフな肉体はプロレスorお相撲さん。  しかし、それら強…
お気の毒に!(^^)
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