第87話 ファシアちゃんの日常
綾辻家の飼い猫、ファシアの朝は早い。
私は『ヒノクン』と呼ばれている人間を寝かしつけると、朝3時には起きる。
そこからは縄張りのパトロールだ。
連れてこられた新しい縄張りは、広くていい。
人間のツガイを二人、住まわせてやってるが、それでも十分な広さだ。
「ニャ……」
今日も縄張りは平和だ。
安心した私は、ヒノクンが寝ているベッドへ向かう。
ここからも大事な仕事がある。
このヒノクンという人間は、夜にうなされることがある。
そのときは起こさないといけない。
飼い人間の健康管理も、私の大事な仕事のひとつだ。
枕元に立って監視する。
ヒノクンが何かを呟いた。
「ムニャ……。早川選手のストレートは加速している。HOP-UPしているから……」
私は思案する。
この寝言は、うなされているのだろうか。起こすべきか。
人間の鳴き声の意味はわからない。
だが、この人間とは長い間過ごしている。いつもと違う気配なら分かる。
うなされている気がする。
とりあえず、起こしてあげることにした。
テシテシ……と顔を叩く。
しばらく続けても起きない。
首を甘噛みして起こすことにした。するとヒノクンは起きた。
「痛っ、もう何……ファシアちゃん」
「ニャッ!」
私は起こした褒美として、撫でろと要求する。
それに応じて撫でてくれるヒノクン。
この人間は撫でるのが上手い。
今は寝ぼけているから少し雑だが、それでも『センパイ』という人間より上手い。
ウトウトしていると、私は布団の中へ引き込まれる。
抱き抱えられて、身動きが取れない。
あぁ!まだ見張りの仕事が残っているのに……。
腕を叩きながら抗議するが、ヒノクンは寝てしまったようだ。
ここで離れたら、またうなされるかもしれない。
仕方ないか。子分の抱き枕になるのも務めだニャ!
「じゃあ、学校行ってくるね。ファシアちゃん、お留守番お願い!」
朝になって、ヒノクンが縄張りから出ていった。
「ニャン……」
ヒノクンが縄張りからいなくなってしまったので、私は暇になった。
リビングでは鳥さんの動画を流させているので、それを見てもいいが、今は気分が乗らない。
センパイと遊んでやるか。
遊んでやろうと部屋に行ったが、扉は閉まっていた。
だが、私のジャンプ力の前では無意味だ。ジャンプしてドアノブを下げる。
まだ寝ているようだ。
この人間はいつもヒノクンより起きるのが遅い。
それにしても遅すぎると思う。
顔の上に座って起こしてやることにした。
「ちょっとぉ……、ファシアちゃん、私は大学は昼からなんだけど……」
「ニャッ!」
ようやく起きたようだ。感謝するように。
センパイが立ち上がったので足に抱きつく。
ヒノクンのツガイであるこの人間は凄くいい匂いがする。
この人間は寝坊するのが玉に瑕だが、私のお気に入りだ。
センパイはリビングでご飯の時間にするようだ。
ヒノクンはいつもセンパイのご飯を作ってから出かける。
私は思う。ちょうど私もオヤツが食べたくなってきた。
「ニャッ!」
おら、オヤツよこせ!
「ファシアちゃん、おやつ食べたいの?でもヒノくんがもう上げたみたいだからダメ」
机の上にあるオヤツの空袋を見ながら首を振るセンパイ。
どうやら、オヤツをくれないようだ。ケチだニャ!
私の寝床に戻ろうとすると、センパイが玩具を動かし始めた。
もう私は三歳になる大人……。そんな幼稚な玩具には引っかから……。
「ニャッ! ニャ!」
「ふふ、ファシアちゃんはこのおもちゃが大好きね」
しばらくセンパイと遊んでやっていたが、センパイも縄張りから出ていく時間になったようだ。
「じゃあ、ファシアちゃん。行ってくるね」
「ニャッ!」
遊んでやる人間がいなくなって、暇になった。
寝床に戻って寝ることにする。
私の寝床はヒノクンがいつも寝るところの近くにある。
少し高くなっているお気に入りの場所だ。
そこへ自慢の爪を使ってよじ登ることにする。
朝から人間たちの世話をしてやったので疲れてきた。ひと眠りするか……。
『コツン……コツン……』
しばらく寝た後、外から聞こえる足音で目が覚める。
これはヒノクンの足音だ。変な靴だから、すぐにわかる。
玄関に駆けつける。
「ニャッ!ニャーン!ニャ!」
「ただいま、ファシアちゃん。今日も熱烈歓迎ありがとう」
ヒノクンは私に会えなくて寂しかったのか、撫で始めた。
私は寛大なので、それを許す。むっ、お尻マッサージか。それも許してやる。
「ニャン……♪」
「先輩はまだ帰ってきてないの?」
「ニャッ!」
「今日は疲れたからちょっと夕飯まで寝ようかな、ファシアちゃんも寝る?」
ヒノクンはベッドに倒れ込んだ。どうやら寝るようだ。
遊んでやろうと思ったが、子分を寝かしつけるのも私の大事な仕事だ。
「ニャッ!」
私は布団の上に寝転び、ヒノクンの横で丸くなるのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
心の中でアフレコしながら、パソコンでペットカメラの録画映像を見ている。
画面の中では、ファシアちゃんがヒノくんの枕元でじっと見張っていた。
そこへ、同棲している彼氏が話しかけてきた。
ヒノくん、高校の後輩。
凄くかっこいいし、運動神経が抜群だ。
そして、なんと透視能力を持った超能力者だ。
でもそれを悪用せず、人を癒すことに使う自慢の彼氏だ。
トコトコとファシアちゃんが後ろについてきている。
「何しているんですか? 先輩」
「ヒノくんの部屋のペットカメラ見てるの」
私の言葉にパソコンを覗き込むヒノくん。
「えっ!? パスワードかかってるはずなんですけど、なんで見れるんですか?」
「ふふ……内緒」
ペットカメラの裏側にパスワードが書いてあったから、簡単に見れる。
ヒノくんは何故か初期パスワードから変えていないのだ。
彼はパソコン全般的に疎い。
この前もWeb会議で30分くらいミュートのまま喋ってたし。
「へぇ、このペットカメラ録画とかできたんですね」
ヒノくんは寝ている自分の横で見守っているファシアちゃんの姿に興味津々だ。
飼い主に敵が近づかないようにずっと見張りをしている。
早送りしても、結局ヒノくんが起きるまで健気に見張っていた。
ヒノくんがセットしたアラームが鳴ると、ファシアちゃんは顔を舐めて起こしている。
……私の時とは起こし方が全然違うわね。
私にはいつも、顔の上に乗って呼吸を止めて起こしてくる。
画面の中のファシアちゃんは、ヒノくんが起きた事に大喜びだ。
撫でて撫でてーと必死にアピールしている。
全く、この子はヒノくんのことが大好きなのね。
「ニャッ!」
ファシアちゃんが私の足に抱きついてきた。かわいい。
愛する彼氏と可愛い愛猫。少し前まで想像もできなかった暮らしが、今はここにある。




