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服の下を透視する能力を得たら、あなたは何をしますか?  作者: メモ帳パンダ
過去との対峙

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第84話 ゴリラの祭宴

 ホテルから、協会が手配してくれたタクシーに乗り込み、日本武道館へ向かった。

 後部座席でスマホを開き、出場者リストをなんとなく眺める。

 この一覧は、見れば見るほど剣道界の現実を突きつけてくる。


 剣道の全日本大会は、出場者の職業に偏りがある。

 協会が公表しているリストを見れば一目だ。ざっと目で追うと、こんな並びだった。


『警察官、警察官、警察官、警察官……学生、警察官』


 そう、この大会は警察官が出場者の八割を占める。

 大学生はたった二人。残りは実業団とその他の公務員だ。


 多くのスポーツでは大学スポーツが最高峰に近い実力を持っているが、剣道は違う。

 大学選手権大会は、所詮は学生の枠の中での勝負に過ぎない。

 剣道の最高峰は、警察官同士の戦いだ。


 大学選手権を突破した俺でさえ、大阪府大会の三位にギリギリ滑り込めた。

 そう考えれば、警察官の層の厚さが分かるだろう。

 ちなみに大阪で警察官以外が出場したのは五年ぶりらしい。


 そして、この大会に出てくる警察官の多くは機動隊所属だ。

 廊下ですれ違う選手の体格を見れば分かる。一般人とはまるで違う。

 つまり、この大会はゴリラのための戦いなのだ。

 全国のゴリラたちが、都道府県警の名誉を背負って戦っているわけだな。


 控え室は複数あり、近隣県は同じ部屋になることが多い。

 俺の席の横には『和歌山県』と貼られた待機場所があり、そこにいた警察官が俺を見て近づいてきた。


「おぉ、君が『警官十一人殺し』か! よろしく頼むわ!」


「日野です。よろしくお願いします」


 俺は『警官殺し』というあだ名で呼ばれている。警察の剣道関係者の間では、知名度がやたら高い。

 和歌山県にも、俺の悪名が届いているようだ。


 ちなみに兵庫県警では、一般の警察官も含めて、ほぼ全員が知ってるレベルで有名らしい。

 警察官は月に一回、『術科訓練』という武道の練習を行う。

 そのとき教官がこう言うらしい。


『ちゃんと練習しないと、十一人がかりで中学生に負ける醜態を晒すことになるぞ』


 俺の件を失敗事例として語り継ぐのは、マジでやめてほしい。

 それでも、事件から十年近く経って風化しつつあったらしいが、俺が大学選手権を優勝してニュースになったことで、教官たちの熱意は再燃した。

 最近は術科訓練のたびに、俺が警官十一人を倒した話を聞かされるようだ。

 

 そのせいで兵庫県警内では『打倒日野』の機運が高まっている。

 兵庫県警に就職した知り合いがそう教えてくれた。

 

 トーナメント表を見ると、一回戦の相手がその兵庫県警の警察官だった。

 そろそろ長年の因縁に決着をつける時が来たのだろう。


 大阪府警の間でも、俺の知名度は抜群だ。

 俺は大阪府警が長年独占してきた貴重な代表枠を取ったからな。

 この前、巡回連絡で家に来た警官まで俺を知っていた。

 俺が名前を名乗るなり、『あなたが警官殺しですか』と握手を求められたほどだ。

 その警官の目は有名人を見るようにキラキラしていた。


 嫌な有名人だ。警察官の間で有名人になんてなりたくなかった。

 まったく、俺は一度も犯罪をしていない模範的な市民なのに。交通違反で捕まったことすらない。


 しばらく話しかけてくるゴリラたちと戯れていると、突然、部屋の私語がすっと消えた。

 入口に視線が集まる。

 入ってきたのは――ゴリラの王。前回優勝の京都府警、丹下くんだ。


 京都府警の待機室は隣の部屋のはずだけど、何の用だろうか。

 丹下くんはあたりを見渡していたが、俺と目が合うなり嬉々として近づいてきた。


「ヒノくん、おはよう。前日練習にはなんで来なかったん?」


「俺は学業が忙しいの!」


 この性根が悪そうな薄目の京都人は、剣道が馬鹿みたいに強い。

 今回も圧倒的な優勝候補だ。

 七十人弱いる出場者の中で、彼と勝負になるのは上位数人くらいだろう。


 丹下くんは頼んでもいないのに、一回戦の相手の情報を教えてくれ始めた。


「ヒノくんの相手は兵庫県の準優勝者で、俺が警察大会で何回も当たったことがある相手や」


 その時、前方から強い視線を感じた。俺が敢えて目を逸らしていた方向だ。

 椅子が並んでいる前には『兵庫県』の看板がある。


 兵庫県の待機スペースに座っている一人が、露骨に丹下くんを睨みつけている。

 丹下くん、俺の一回戦の対戦相手が目の前にいるんだけど……。


 彼はそんな様子を気にせず続けた。


「特に出小手と面に注意やな。相手が攻め気を見せた瞬間を刈り取るのはうまいけど、自分から展開を作るのは苦手なタイプや」


 彼は一通り俺にアドバイスすると、どこかに消えていった。

 席に戻って正面を向くと、第一試合の相手と目が合った。

 気まずい……。

 俺は小さく頭を下げて会釈をした。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


「赤、大阪府代表、日野選手。」

 

 名前を呼ばれて日本武道館の中心に歩み出る。

 俺は兵庫県警の彼と向き合っていた。面の隙間から覗く目が、刺さるように鋭い。


 俺は小さく呟いた。


「怖えぇ……」


 明らかにただの対戦相手に向けるものを超えた殺意を感じる。

 件のこともあるだろうが、絶対にあの京都人ゴリラのせいでもあるだろう。

 同じ警官仲間の情報を売って恥ずかしくないのかよ。


 間合いを詰めてフェイントをかけた。相手が得意の出小手を狙った瞬間、逆に俺が出小手を決めた。


「――小手ッ」


 旗が上がった。

 悔しいけど、丹下くんの事前情報には感謝だな。

 目論見通り、相手の得意技を逆に利用することができた。


「よし、これで一本」


 相手は呆然として目を見開いている。

 出小手を狙った瞬間を見極められて、逆に反撃されたわけだからな。やっぱ、初見殺しは楽でいいぜ。


 相性もいい。――カウンタータイプは俺には勝てない。

 なぜなら、俺の方がカウンターが早いからだ。


 そのまま同じように二本目を取った後、彼が小さく呟いたのが、なぜかはっきり聞こえた。


「ごめん、みんな、仇は打てなかったよ……」


 審判の指示に従って、蹲踞(そんきょ)に戻って向き合う。

 その時、彼の目に涙が浮かんでいるのが見えた。

 まるで、職務中に殉職した十一人へ仇が取れなかったことを詫びているようだった。


 ……俺、実際には警官殺してねぇって言ってんだろうが!

 まあ、冗談はともかく二本先取で一回戦を勝ち抜いた。


 控え室に戻ると、スタッフから二回戦の相手を告げられる。

 それを聞いて、悪い予感が当たっていたことにため息をついた。


「やっぱり、武見くんが勝ち上がってきちゃったかぁ」


 相手はこの大会で俺以外に唯一の学生。大学剣道選手権の準決勝で当たった武見くんだった。

 そして、去年の大学選手権大会の優勝者でもある。


 丹下くんの話だと、武見くんは『打倒日野』を合言葉に日夜練習してるらしい。丹下くんは笑いながら言った。


『彼はかなりヒノくんを意識しているらしいぞ。というか君を倒す以外の練習をほとんどしていないって噂やわ』


 なんでそこまで恨まれてるんだろう。彼とはほとんど面識がない。

 大学選手権で怪我してる足を狙いまくったからだろうか。

 なんか、そんな気がしてきたな。

 俺は小さくため息をついた。

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