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服の下を透視する能力を得たら、あなたは何をしますか?  作者: メモ帳パンダ
過去との対峙

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第80話 ねこキャン

「ファシアちゃん、おすわり!」


「ニャン!」


 俺の膝に飛び乗り、愛想よく返事をする愛猫。

 いろいろ芸を仕込もうとしているのに、指示に従ってくれたことは一度もない。


 テントの中で俺とファシアちゃんがイチャイチャしていると、先輩が入ってきた。


「もう、ヒノくん。説明が面倒だからって逃げるの、やめてくれない?」


「あ、先輩。お疲れ様でした」


「ニャ!」


 さっき、救急車のサイレンが遠ざかっていくのが聞こえた。

 少年はもう搬送されたはずだ。

 救急隊も仕事とはいえ、郊外のキャンプ場まで来るのは大変だっただろう。


「お母さんの方は救急隊に随伴してもらって、そのあと妊娠検査をするようお願いしておいたわ」


「おぉ、いい感じですね。ありがとうございます」

 

 さすが先輩だ。あの空気の中で、ちゃんと一番いい落としどころを作るんだから。

 彼女は普段フワフワしてるのに、本気になると腕の立つドクターみたいな、ピリッとした雰囲気を作れる。

 俺は大動脈解離の患者に対応したとき、それを知った。

 あのモードを使って、面倒な説明を押し切ったのかもしれない。


「じゃああとは、キャンプを楽しむだけですね!」


「全く、もう……。キミの切り替えの良さが羨ましいわ」


 まあ、俺はこういうのに慣れているからな。

 俺の能力は、呪いに近い。

 道を歩いているだけで、命に関わる病気――例えば悪性腫瘍を抱えた人が目に入る。そんなことは日常茶飯事だ。


 最初の頃は、それを見逃すことに葛藤もした。

 だが、助けを求められていないのに、救いの手を差し出すことはできない。

 いきなり話しかけて『あなたはガンです』なんて言うわけにもいかない。

 その病気は治療中かもしれないし、もしそうでなかったとしても見ず知らずの人の言葉を信じる人はいないだろう。


 まあ、それが俺が医者を目指した理由の一つなんだけど。

 診察室の中でならそういった人を救うことができる。

 医者であれば、病気を見抜くことに理由をつけられる。


「じゃあ、僕はファシアちゃんとお散歩行ってきますね」


「はーい」


 先輩の足の上で甘えているファシアちゃんを捕獲した。

 ファシアちゃんはまったく抵抗せず、俺の顔をポケーっと眺めている。かわいい。

 散歩用のハーネスを付けて……と。


「先輩もお散歩行きますか?」


「私は疲れたから休憩しとくね……」


 あの本気モードは、変身するのに体力を消耗するんだろうか。

 全く不器用な人だなぁ。


「じゃあ、ファシアちゃん。お散歩しようか」


 ハーネスを付けられた時からずっとウズウズしていたファシアちゃんを引き連れて、俺はキャンプ場を散策することにした。


 このキャンプ場は海沿いに整備されている。

 少し歩くと、海へ流れ込む細い小川が場内を横切っていた。

 小さな橋がかかって渡れるようになっている。

 ファシアが橋の上で立ち止まって川の方を見つめ始めたので、俺も足を止めた。

 

 川の中には白っぽい鳥が数匹いて、浅瀬をつつきながら餌を探している。

 鳥は詳しくないけど、サギの仲間かな。


「ニャ……」


 ファシアちゃんは可愛らしい目を見開いて、鳥をじっと眺めている。

 この子は何故か鳥が大好きだ。

 いつもYouTubeで、熱帯のカラフルな鳥が飛び立つ動画に夢中になってるからな。

 留守番の時は、俺がテレビで流すようにしている。


 リアルに見る鳥は、やっぱり違うんだろうか。

 水鳥が飛び立つと、ファシアちゃんはピョンピョン跳ねて喜んでいる。かわいい。


「ファシアちゃんは鳥が大好きなんだねー」


「ニャッ!」


 この子はいつも室内で過ごしているけど、外もたまには歩きたいみたいなんだよなぁ。

 とはいえ、大阪のコンクリートの上を歩かせても仕方がない。

 今度は車で、水辺にでも連れて行ってやろうかな。


 野鳥を眺めていると、今度はサギとは違う黒っぽい鳥もやってきた。

 ここは海の近くだから、川に海鳥も来るんだろう。

 ウミウとか、そんな類いだろうな。

 

 ファシアちゃんの目がキラキラしている。この子は本当に鳥が好きなんだなぁ。

 あ、そうだ。


「今夜は焼き鳥するから、少し分けてあげるね!」


「ニャン♪」


 俺の言葉が分かったのか、尻尾を振りながら甘えてくる愛猫。

 大好きな鳥が食べられるんだ。きっと喜ぶだろうなぁ。

 そのあともしばらく、俺たちは水辺でのんびりと鳥を眺めていた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 散歩から戻ると、先輩がテントの前で待っていた。


「あの男の子、ヒノくんの見立て通り骨折と捻挫だったって。お母さんから連絡が来たの」


「へぇ、連絡先交換したんですね」


 俺なら救急隊に渡したら、そのあとは気にしない。

 やっぱり先輩は優しいなぁ。いいお医者さんになれそうだ。


 話によると、病院に着く頃には少年が激痛で大暴れして大変だったらしい。

 救急搬送したのは正解だったかもしれないな。


「……人間の体って不思議ですよね。脳って大怪我したとき、痛みを感じなくさせるんですから」


 世に出回っている鎮痛剤や麻薬って、結局は人間が本来持つ仕組みを利用したものだったりする。

 そんなことを言いかけて、先輩の顔を見てやめた。

 だって先輩も医学生だ。釈迦に説法だし。


「お母さんの方は妊娠検査薬が陽性だったんだって」


「まぁ、妊娠してたから、そりゃそうでしょうね」


 何気なく言った俺の一言に、先輩がむっとする。

 俺の肩を掴んで、顔を近くに寄せてきた。怒った顔でもかわいい。


「もう、あのあと説明するの大変だったんだからね!」


 あの女性はスリムな体型だったから、何故俺に妊婦扱いされたのか不思議そうにしていたらしい。

 そこから検査薬まで持って行くのは凄い。基本的に患者って、あんまり言うことを聞かないからな。

 先輩は、言葉で人を動かすのが上手い。


 先輩は言葉を継いだ。


「ちなみに本人は着床出血を生理だと思ってたから妊娠に気づかなかったんだって」


「よくあることですね。でも、気づけてよかったです」


 妊娠初期はそれが怖いんだよなぁ。

 普通は生理が来ないことで妊娠に気づくが、妊娠してから約4週間ほどで起きる着床出血を、生理と勘違いする人も多い。

 診察側としては、患者本人がどれだけ否定しても、妊娠を疑い続けないといけない。


 この勘違いが積み重なって、胎児が写り込んだCTやX線画像が、日本各地で生まれ続ける。

 うちの教授は授業でそれを『ホラー画像』と呼んでいた。

 何故ホラーなのかというと、妊娠中の胎児には、基本的に放射線を当ててはいけない。

 つまり、存在してはいけない画像なわけだ。


 これをやると、放射線技師から診察室に電話がかかってくる。

 わりと本気で怒られるし、訴訟になって、医師が敗訴した判例もある。


「ニャッ……」


 小さな鳴き声がして、下を見るとファシアちゃんが先輩の足に絡みついていた。


「あ、ファシアちゃんにご飯あげないと」


 そう言って先輩はテントの中に入っていった。

 ファシアちゃんも『ごはん』という単語が聞き取れたのか、先輩について行った。


 俺も夕食の準備に取りかかることにした。


 味付けなし、ネギなしの愛猫用の焼き鳥を、串で数本作った。


「ファシアちゃん、喜んでくれるだろうなぁ」


 鳥好きの愛猫が喜ぶ顔を思い浮かべながら、調理に励むのだった。

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