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服の下を透視する能力を得たら、あなたは何をしますか?  作者: メモ帳パンダ
過去との対峙

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第77話 猫猫日和

 プロ野球のシーズンも、そろそろ終盤だ。

 我が球団はクライマックスシリーズに行けるか行けないか、ギリギリのところにいる。

 だが、その中でも希望の光は確かにあった。


 テレビの音だけが部屋に響く。

 俺は思わず、口に出していた。


「やべぇ投手を目覚めさせちまったかもしれないな……」


 画面では、三振を奪って小さくガッツポーズする投手が映っている。


 ――早川選手だ。


 二軍で一か月ほど調整して一軍に戻ってきた彼は、正直、別人みたいだった。

 キレのあるスライダー。

 そして、さらに凶悪になったシュート。


 実況が絶叫する。


『見逃し三振。今日十個目の三振です』


 解説も、燻っていた若手の大活躍が嬉しそうだ。


『いやぁ、早川選手は素晴らしいピッチャーになりましたね』


『ここまで6勝3敗、防御率3.20。しかし二軍での調整を終えて上がってきた後だけを見ると、4勝0敗で防御率は脅威の0.95です』


 彼の活躍の裏には、俺のプライベートを犠牲にした献身的な治療がある。自分で言うのもなんだけど。

 その治療のせいで、俺の生活はだいぶ削られている。


 大学終わりに愛車のアフリカツインで、定期的に彼の腕の治療に通っている。

 週に三回は行ってるんじゃないか。


 この前なんて、北海道まで治療に行ったからな。

 旅費が経費で落ちるとはいえ、勘弁してくれ。

 関西から日帰り北海道は、マジで辛いんだから。


 移動だけで一日が溶ける。しかも、他選手の治療もついでに頼まれて千歳空港で土産を買う時間すらなかったんだけど……。


「ニャァ……」


 俺の嘆きに、愛猫ファシアちゃんが慰めるように鳴いてくれた。

 今日は俺の股間にご執心で、ずっと顔を突っ込んでいた。

 それでも、たまには飼い主の相手をしてやる気分になったらしい。


「ファシアちゃん、最近は忙しくて構ってあげられなくてごめんね」


「ニャッ!」


 愛猫とも最近はあまりゆっくり過ごせていない。

 剣道の練習、鍼灸院での治療、球団への日参、大学の課題。やることが死ぬほどある。


 なぜそこまで早川選手の元に通うのか。理由は単純で、俺の治療の効果が数日で抜けるからだ。

 彼のやたら発達した円回内筋は、放っておくとすぐ固くなる。

 そして、そうなると彼曰く「変化球が劣化する」らしい。

 だから、通う回数が増えているわけだ。


 鍼はあくまで、一時的な筋肉の緩和にすぎない。

 シーズンオフに本格的な調整をする、という条件で、俺はこの超過勤務を受け入れた。


 ちなみに札幌行きは直前に言われてかなり渋ったが、20万円くれると言われて、結局金に釣られて飛び立った。

 犬飼コーチめ……俺をこき使いやがって。


 テレビの中では早川選手が相手チームの主力選手である左打者を手玉に取っている。

 球はキャッチャーの構えたところへきっちり収まっているのに、打者はまるで見当違いの空間にバットを振っていた。

 球速表示は156km/h、球速的には多分シュートだろうな。


 それを見て実況が一言。

 

『今のは早川選手の新しい変化球、ゴールデンシュートですね』


 嫌な単語が耳に入った。球団外にあまり漏れてほしくない俗称だ。

 実況の言葉を解説が聞き返す。


『ゴールデンシュート? 以前からシュートは投げていたと思いますが、何か違うんですか』


『チームスタッフから聞いた話ですが、彼が二軍で身につけた新変化球のようです』


 誰だよ、その名前を漏らしたのは。

 口が軽そうな一軍コーチの誰かだろう。

 お調子者の走塁コーチの顔が、なぜか脳裏に浮かんだ。


『それにしてもゴールデンですか。やはりこの圧倒的な変化量に由来するんでしょうか』


 違う。そんな高尚な由来じゃないんだよなぁ。

 でも、俺はその理由をマスコミにバラす気はない。

 俺が大好きな大和田選手の名誉に関わるからな。


『おっと、早川選手はここで交代のようです。6回と三分の二を投げて自責点は0。素晴らしい投球でしたね』


『次の相手は右で、対戦成績が良くないですからね』


 ちなみに早川選手は、まだ右打者が少し苦手だったりする。

 早川選手の切り札である『ゴールデンシュート』。

 変化量は上がったみたいだが、コントロールは特に改善していない。

 今でも普通にすっぽ抜ける危険球だ。

 右打者にはなかなか投げれない。


 この場面、監督は継投を選んだようだ。

 先発ローテはまだ末期的だ。

 貴重な計算ができる先発である早川選手は、大事に使わないとな。


 そのまま試合は逆転されることなく、我が球団の勝利に終わった。

 今年は、なんとかギリギリでクライマックスシリーズに行けるんじゃないだろうか。


 テレビにはヒーローインタビューにも慣れてきた早川選手が映る。

 その無難な答弁を聞き終えて、俺はテレビを消した。

 


 画面が暗くなって、部屋の静けさが戻った。


「ファシアちゃん、明日はお留守番の練習でお泊まり会だからね。頑張ってね」


「ニャン♪」


 愛想よさそうに返事してくれる愛猫。

 たぶん、何を言われてるのか理解はしていない。


 俺は先週末、大阪府剣道選手権で準優勝して、日本武道館で行われる全日本大会への出場権を勝ち取った。

 ちなみにこれは大学生の大会じゃなく、全年齢の大会だ。

 剣道の最高峰の大会。

 俺のかつてのライバル達が怪獣大合戦を繰り広げている大舞台だ。


 俺と先輩は東京に一泊するので、その間はファシアにはお留守番してもらうことになる。

 その事前準備として、先輩の友達の家に泊まって、前みたいに暴れないよう慣らす予定だ。

 だから明日は、先輩とファシアは不在だ。


 今日は大学に行って、球場に行って、帰ってテレビを見てただけなのに、やたら疲れたな。

 一応、仕事のメールだけチェックして寝るか。


 俺は一応、球団の医療スタッフ扱いだから、メールで色々な依頼が飛んでくる。


 画面を開くと、未読が並んでいた。


『【至急】久遠選手の虫垂炎の治療方針について』


 これは犬飼コーチからだ。あの人、俺を何だと思ってるんだろうか。

 虫垂炎は鍼じゃどうにもできない。病院に行ってくれ。

 大抵の症状は薬で治るし、最悪でも簡単な手術で済む。

 そう返信しておく。


『主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました』

『成果報酬の料金は不要です。ITエンジニアのご提案 株式会社ウォークタンクの関戸です』


 こいつらは迷惑メールだな。

 この前、スポーツ関係の展示会で名刺を配ってから、迷惑メールがやたら増えて困っている。

 俺にITエンジニアを提案されても困る。

 

 次のメールを開く。


『大和田選手のロッカーが汚くて困ってます』


 送り主はチームに新しくきたスタッフだ。

 何でも気軽に依頼してほしいとは言ったけど、さすがに気軽すぎないか。

 これは大和田選手に直接言ってほしい。いや、ベテランに言いにくいのは分かるけど。

 まあ、LINEを一通送るだけだからこの依頼は受けるか。


「うん、メール処理はこんなもんでいいかな」


 パソコンを閉じると、ファシアちゃんが寄ってくる。

 喉を鳴らすファシアを抱えると、軽い体温が手に残った。

 かわいいなぁ。俺は愛猫をそっと持ち上げて、ベッドへ連れていった。

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