表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
服の下を透視する能力を得たら、あなたは何をしますか?  作者: メモ帳パンダ
過去との対峙

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/91

第74話 スライダーの変化量を上げるツボ

 自分の部屋で、犬飼コーチから届いたメールを眺めながら、俺は毒づいた。


 『早川選手の制球改善について』


 もっともらしい件名で断りにくくしているが、要は変化球を何とかしてくれという依頼だ。

 さらっと書いてるけど、要求は重い。

 読み進めると、スライダーの変化量を上げて、シュートのコントロールも改善してほしいと書いてある。


 俺は何でも屋じゃないんだけどなぁ。


 二連勝してローテの救世主になった……と思われていた早川選手。

 だが、その後はまったく振るわない。

 二連勝のあと数試合で、ついに二軍へ落とされてしまった。

 彼は右打者相手に弱すぎる。


 他球団から苦情が入ったのか、抜け球が多すぎる凶悪なシュートは、右打者相手に使えなくなってしまった。

 まぁ、あのシュートは凶悪で、当たり所が悪けりゃ洒落にならない。必殺仕事人みたいになってたからな。


 それに、スライダーも曲がり幅が弱い。

 カーブとチェンジアップは一級品だが、今どきそれだけで一軍の壁は崩せない。


 俺はメールを閉じて、机の上を見下ろした。


「ねぇ、ファシアちゃん。困ったねぇ」


「ニャ」


 キーボードの上に乗って仕事を邪魔するファシアちゃんに助けを求める。

 だが、彼女は愛想よく尻尾を振るだけで、妙案は出てこなかった。


 そもそも、アマ上がりの選手が研究されて一軍で通用しなくなるのは、よくある。

 俺の仕事じゃない気もする。


 そうこうしていると、ファシアが床に飛び降りて、ベッドの下を探り始めた。

 そして何かをくわえて取り出し、机の上へ戻ってきた。


 なんだろう。

 よく見ると――先輩のブラジャーだった。

 俺の前に置いて、小さく鳴いた。


「ニャッ」


 ファシアちゃん自慢のコレクションを見せに来たらしい。

 また増えてる。


 俺が悩んでいるのを見て、慰めてくれたんだろうか。

 愛猫は優しいんだよなぁ。方向性はズレてるけど。

 心の底から、このプレゼントはいらないんだけど……。


「ファシアちゃん、これは洗濯機に入れとくね」


「ニャッ」


 悪びれる様子もない愛猫だ。

 叱ってもしょうがないので、撫でてやる。


 ちょうどそのとき、玄関の鍵が開く音がした。

 ファシアは大好きな先輩に会いに行くために、慌てて部屋から出ていった。

 俺も考え事を中断して、廊下に出た。


「ただいま、ヒノくん」


「おかえり、先輩」


 俺に抱きついてくる先輩。

 その右足に抱きつくファシア。

 いつも通りの風景だ。


「あのね、今日は整形外科に……あれ。ヒノくん、それ」


 先輩の視線の先は、俺の手元だった。

 そこにあるブラを見ている。


「い……いや、違うんです! これはファシアちゃんが」


「それ、無くしてたお気に入りの下着!」


「いや、ファシアちゃんが……!」


 足元のファシアちゃんに助けを求めるように目線をやったが、いつの間にか逃げていた。


「言い訳しない!」


 怒らせたままなのに、頭のどこかでは早川選手のことを考えていた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 土曜日、俺は二軍の投手コーチと二人きりで昼飯を食っていた。

 ランチミーティングってやつだ。


 斉藤コーチは、昔FAでやってきたこのチームのレジェンドだ。

 数年前から二軍コーチをしている。

 多分、入団時に『将来はコーチで』みたいな約束を乱発したツケが回ってきてるんだと思う。

 二軍コーチ陣が若すぎて、少し不安になる。

 バッティングコーチも若いし。


「犬飼コーチの無茶振りが過ぎるんですよねぇ。僕、野球は未経験なんですよ……」


 俺は小さくため息をついた。

 変化球の完成度を上げろと言われても困る。


「ヘッドコーチのキミ推しは凄いからなぁ。もはや信頼を超えて、信仰の域だよ」


 斉藤コーチから見ても、今回の依頼は無茶振りに見えるらしい。


「まぁ、言われたからにはやりますけど」


 そう言いながら、恋人が作ってくれたパスタ弁当を啜る。


「斉藤コーチ、早川選手のスライダーって、なんで曲がらないんですか」


「あー、アレは曲がらないわけじゃないんだよなぁ。回転自体は十分かかってるんだよね」


 よく分からない。

 回転がかかっているなら、それでいいんじゃないのか……と思った。


「ん? じゃあ、いいんじゃないんですか」


「いや、彼の場合は回転軸が縦すぎるんだよね。スラーブって呼ばれる、カーブ寄りの球になってる」


 確か、早川選手の持ち球はスライダー、カーブ、シュート、チェンジアップのはずだ。

 他球団の苦情でシュートが封印された今、三球種だけだ。


「緩急って意味だと、全部が緩になってるんだよね」


 160km/hの球、それ自体は素晴らしい。

 シュートを失っても一軍半の選手なのは間違いないという。

 というか、早川選手は二軍で無双している。

 一昨日の試合なんて、七回まで完全に抑えて降板してたし。

 尼崎の大物公園で戦った縦縞の相手ベンチからしたら、『はよ調整終えて一軍に帰ってくれや』って感じだろう。


「でもね、一軍は変化球が一パターンだけじゃ通用しないんだよ」


 彼が中継ぎや抑えならまだいいんだけどね、とコーチは笑う。

 令和の先発投手には、速球派でも多彩な変化球が求められるのだ。


 カーブ、スラーブ、チェンジアップ。

 名前は違うが、どれも似たような球だ。

 どれも本質的には『相手のタイミングを外す球』だ。


「本当に俺の出番、あるんすかね」


 うーん。

 やっぱ斉藤コーチ、プロのコーチだけあってちゃんとしているな。

 ネットでは『若手が育たない元凶』って叩かれてるから、正直疑ってた。

 でも、理論はちゃんと持っていそうだ。


「まあ、とりあえず本人を見てみたら? さすがに、見もしないで『何もできませんでした』は報告できないでしょ」


 腹を括った。

 そう言われて、彼が練習している室内練習場へ向かうことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ