第72話 姫路城
俺たちは新大阪駅で買い物をしている。
今から俺の実家へ、綾辻先輩と二人で挨拶に行く。手土産を選んでいるのだ。
綾辻先輩は、ようやく俺の両親に挨拶できるとあってウキウキしている。
「この店の回転焼き美味しいのよねぇ!」
「今川焼き、ですね。ちゃんと正式名称で言わないとお店の人に伝わらないですよ!」
ここは『御座候』という今川焼きの店で、最近は大阪駅周辺を中心に増えている。
若者人気も高い。大阪の流行の最先端ってやつだ。
高校進学まで姫路に住んでいたが、今川焼き、回転焼きという和菓子の名前は聞いたことがなかった。
まあ、俺がその頃は餡子が苦手だったから、両親が買ってこなかっただけかもしれない。
ウチの実家は姫路の中でも少しだけ田舎の方にある。
きっと、こんな都会っぽいお菓子を渡されたら喜んでくれるだろうな。
十年近く会っていない両親。それでも、記憶の中にある笑顔がふっと蘇った。
――姫路。
関西の心臓部である京阪神からは少し離れた都市だ。
だが、交通の便もそこまで悪くない。
新快速という在来線で、大阪や京都と接続されているからだ。
営業運転速度は130km/h。
日本一の長さを誇る複々線が生み出す圧倒的な速度で、他社の特急列車すら凌駕する。
それに特急料金なしで乗れる。約90kmを1時間半で結ぶ。姫路から京都への通勤だって、できないことはない。
俺たちはそんな関西が誇る新快速に……乗らずに、山陽新幹線に乗ろうとしていた。
理由は先輩の何気ない一言。
「え、だって新幹線のほうが早いよね」
このブルジョワめ。
姫路市民が毎日どんな思いで新快速に乗っているのかも考えずに……。
いや、冗談だし、口にも出していないけど。
そもそも俺は姫路に十年近く足を踏み入れていない。姫路市民を名乗るのも烏滸がましい。
「ヒノくんは、その目のせいで、大暴れしちゃったんだよね」
「そうなんすよ。ちょっと制圧に来た警察官とも揉めちゃったせいで、学校中に噂が広がっちゃって」
閉鎖病院から帰ってきた俺に対する周りの目は冷たかった。
いや、違うな。腫れ物を見るような目だった。
でもそれはそうだと思う。いつ暴れるか分からない。
体育の教師や運動部の生徒が全員で抑えに行っても制圧できない。
そんな危険な人物を中学校に通わせないといけないのだから。
PTAでも議題になっただろうな。
話を聞いた先輩は微妙そうな顔。
「まあ、完全防備の警官11人を竹刀だけで倒しちゃったらそうなるでしょうね」
錯乱状態ということで不起訴になったが、それは安全性を担保するわけではない。
実際、あの頃の俺は精神的に不安定だった。
誰も信じられなかったし、人間関係をリセットしてどこか遠いところに行きたかった。
そこで思いついたのが、姫路から遥か遠くの大阪の私立学校だ。
今思えば、近すぎると思う。まあ所詮は中学生の浅知恵だ。
俺はちらりと綾辻先輩を見る。
彼女は不思議そうな顔をしながら笑いかけてくれた。
でも、こんな素敵な恋人に出会えた。
そう考えると、この能力が突然発現したのも悪くないなぁと思えたりもする。
……俺に倒された警察官だけは本当にとばっちりだけど。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「すごい、新幹線のホームから姫路城が見えるよ」
「これが姫路なんですよ。ここからの景色は絶景なんです」
実は俺、姫路駅の新幹線ホームを使うのは初めてだから、今のは適当だ。
俺の家はこの駅からバスに20分ほど揺られたところにある。
姫路名物のオレンジ色をしたバスは姫路城の近くを通って、俺たちを目的地へ運んでくれる。
「わぁ、姫路城だ! 大きい」
姫路城。安土桃山時代に建てられた荘厳な城だ。
姫路市民の誇りでもある。
俺は行ったことないけど。遠足の日に風邪をひいていたのだ。
「明日の朝、散策しましょうよ。俺が案内します!」
実は今日は実家に挨拶したあと、姫路市内で一泊することになっている。
いやまあ、新幹線を使えば一瞬で帰れるから、わざわざ泊まる必要はないんだけど。
この帰省はちょっとした旅行も兼ねている。
「明日の朝のバイキング、楽しみですね!」
俺の言葉に先輩が小さく笑う。
「もう、ヒノくんは朝からそればっかり言ってるね」
明日はホテルの朝バイキングを食べる予定だ。
なんと朝バイキングは海鮮丼が食べ放題だったりする。
これらは実家訪問を渋る俺を引っ張り出すための餌だったりする。
俺は先輩の圧力と『豪華海鮮丼 食べ放題』に釣られて姫路にやってきたのだ。
バスは市街地を抜け、住宅地に入る。
見慣れた風景。でも、ところどころ記憶と違う。
十年間。街の風景を変えるには十分な時間があった。
『次は〜〜〜、お降りの方は〜』
「あ、先輩、ここで降りますね」
俺は降車ボタンを押した。
見慣れたバス停。中学校への通学路の途中だ。
一本、路地に入ると見慣れた家がある。
俺が生まれてから十五歳まで住んでいた場所。
大暴れした場所。
「ここが実家です。懐かしいなぁ」
先輩はここまで来て急に不安になってきたのか、髪を整えている。
身だしなみはばっちりですよ、先輩。
「じゃあ、行きましょうか」
俺は十年ぶりに実家のインターフォンを、強く押した。




