第67話 全国大会
剣道の個人戦の全国大会は、全国八つの学生連盟が推薦した二百十二人の選手が集う大会だ。
関東からは七十二人、関西からは三十二人、その他の地域は十二〜二十四人。
数字だけ見れば、かなり関東優位に見える。
だが実際には、これでも関東の枠は少なすぎる。
なぜなら、レベル差があまりにも大きいからだ。
インターハイでは、団体戦も個人戦も上位は九州勢ばかりだ。
高校では圧倒的に強い九州勢でも、大学の推薦枠は二十四しかない。
つまり関東の大学は、全国から集まった高校生がオールスターみたいに揃っている。
俺も高校を卒業するとき、関東の大学からかなり声がかかった。
当時は、大学で剣道を続けてアスリートとして食っていく未来が想像できなかった。けど、俺にもきっとそういう道があったんだろうな。
俺は関西大会で優勝しているから、今大会ではシードだ。
一回戦を勝ち上がってきた選手と当たる。
二回戦の相手は関東連盟所属で、見覚えのない選手だった。
相手もきっと『誰だこいつ』と思っているだろう。
こんな大会に出る連中は、だいたい高校時代から顔見知りだからだ。
「日野〜、頑張れ!」
「日野くーん!」
圧倒的なホーム感がある。
俺が大阪のいろんな大学に出稽古しているからだ。
残念だけど、北摂医科大の学生相手だとレベルが違いすぎて、練習にならない。
だから綾辻先輩に段取りしてもらって、いろんな大学で稽古をつけてもらっている。
「位置につけ」
審判の声で、俺たちは蹲踞して向かい合った。
相手は俺と同じ二年生。とはいえ年は三つ違う。身長百八十三センチの大柄な選手だ。
ビデオで試合を見た限り、中段で上から抑え込むタイプだ。
アウトレンジからの一本には注意が必要だ。
「始め」
まあ、まともに勝負するつもりはないけどな。
「胴っ!」
相手が動き出した瞬間、俺の竹刀はすでに相手の胴を叩いていた。
「白っ! 胴あり!」
相手は混乱している。まだ何もできていない。
当然、俺の試合は分析してきているはずだ。強豪校なら、なおさら。
俺は地方大会では、全試合で接近戦を選んだ。
対策を知っている相手は、勝手に距離を潰してきた。知らない相手には、俺から潰しにいった。
全部、全国大会で不意打ちを通すためだ。
みんな『日野には接近戦』で来る。試合映像だけ見せられても、『なぜそうなるのか』が分かりにくいようにしておいた。
丁寧に聞き取りをすれば見抜けるだろうが、二百十二人全員に、そこまで割けるわけがない。
「白っ! 小手あり! 勝負あり! 白の勝ち!」
初見殺しほど楽なものはない。
相手の長所を出す前に倒す。それが俺のやり方だ。
二本目も同じやり方で取れた。
まともにやっていたら、かなり苦戦していたかもしれない。
剣道そのものの実力は、俺より上だ。体格でも軽く負けている。
この目がなければ、勝負にならなかったかもしれない。
さて、問題は三回戦からだ。
大会は二日制で、明日は三回戦以降が行われる。
対戦相手はもう決まっている。今日の試合内容も、すぐ共有されるだろう。
俺の戦略は、もうバレたはずだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
大会本部指定のホテルの部屋で休んでいると、恋人の綾辻先輩がやってきた。
不公平をなくすためだろう。地元開催でも、指定されたホテルに泊まり、指定された場所でしか練習できない。
「ヒノくん、二回戦、まったく隙がなかったね」
「地方大会で手を抜いてたのが、効いたのかもしれませんね」
トーナメント表を見る限り、三回戦は何とかなりそうだ。
上がってきているのは、アウトレンジから速攻を仕掛けてくるタイプだ。
俺と似たタイプだが、速さなら勝てる。
先輩曰く、接近戦は苦手らしい。
問題は四回戦以降だ。
「相手は山崎くんのところかぁ」
おそらく、俺の天敵・山崎くんの教えを受けた関東の名門校の一人と当たる。
山崎くん本人が出てこないのは、救いだろうか。
俺からすれば、丹下くんも山崎くんも、“勝てない”って意味では同じなんだよな。
高校時代の三年間、稀代の天才が二人も固まっていた世代だ。不運としか言えない。
ちなみに丹下くんとは、京都の高校時代から少し縁があった。
でも山崎くんは熊本の高校出身で、ほとんど喋ったことがない。
無口なタイプだったし。九州男児ってやつか?
三回戦の相手のビデオを真剣な顔で見ている先輩の横顔を、俺はちらりと見た。
「先輩、一日観戦してたと思いますけど、すごい選手、いました?」
「やっぱり、去年優勝の武見くんはすごかったわね」
山崎くんのところの大学の四年生だ。
「三年で優勝してるんですもんねぇ」
「なんか、よく分からないタイミングで有効打を取るのよねぇ」
先輩も高校時代は全国レベルの選手だ。
その先輩が『よく分からない』と言うなら、相当なんだろう。
勝ち上がれば、準決勝で当たるらしい。
とはいえ、相手だって俺みたいな変則タイプばかり相手に稽古しているわけじゃない。勝機はあるはずだ。
天は二物を与える。武見くんは圧倒的な体格に、天才的なセンス、そして努力まで揃っている。
「まったく、才能ある選手ばっかりで困りますねぇ」
俺は小さく伸びをした。
なぜか先輩が、ジトっとした目で俺を見てくる。
「私からしたら、ヒノくんが一番の化け物だと思うんだけど……」
少ない練習量で全国まで来られる理由が理解できない、という先輩。
理由を言いかけて、俺は小さく首を振った。




