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服の下を透視する能力を得たら、あなたは何をしますか?  作者: メモ帳パンダ
過去との対峙

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第64話 ヴィオラ・ソナタ

 由梨さんの部屋に綾辻先輩を残し、俺はホテル一階の喫茶店でのんびり本を読んでいた。

 さすがに、女性が寝ている部屋に長居するのは良くないからな。

 本を読みながら時間を潰していると、スマホのアラームが鳴った。


「よし、そろそろ由梨さんを起こしてもらわないとな」


 彼女はこの後、パーティに出る予定がある。

 先輩にLINEで連絡すると、『今起こしてるけど、全然起きない』とのことだった。

 由梨さんは、爆睡しておられるらしい。


 由梨さんの部屋の前まで行って先輩にメッセージを送ったが、既読がつかない。

 起こすのに相当苦戦しているんだろうな。


 喫茶店でメッセージを送ってから、もう十分は経っている。

 そこまで起きないなら、俺の最終手段を使ってもいいかもしれない。

 手段を選ばず「起こす」だけなら、俺には奥の手がある。『激痛・足ツボマッサージ』。

 どんな人間でも即座に覚醒する、俺の奥の手だ。


 だが、それを使うまでもなかったようだ。数分後、ドアが開き、先輩が顔を覗かせた。


「由梨ちゃん、ようやく起きたよ。寝起きでひどい顔だから、もうちょっと待っててね」


 しばらくすると、先輩から「中に入っていいよ」と声がかかった。


「おっ、いい感じですね」


 俺の目から見ると、由梨さんは見違えるほど健康的になっているように見えた。

 ひどい状態だった肩は、血流が変わりすぎて、色まで変わったようにすら見える。

 血流が急に良くなったせいか、顔がのぼせたようになっているが、これは立っていればそのうち落ち着くだろう。

 腱鞘炎も、多少はマシになっているはずだ。


 由梨さんは興奮した様子で、こちらへ近づいてきた。

 俺に近づきすぎたところで、急に真顔になった先輩に引き離されていて、思わず笑う。


「日野さんに施術してもらってる途中で寝ちゃったみたいなんだけど、起きてからすごいの! すっと起きられたし、肩が全然重くなくて!」


「ちょっと、近づきすぎ! ヒノくんから離れなさい!」


 なんとか俺から由梨さんを引き離した先輩は、肩で息をしながら、由梨さんに反論した。


「由梨ちゃん、全然起きなかったでしょ! 何が『すっと起きられた』よ!」


 先輩によると、二十分ほど耳元で叫び続けて、ようやく起きたらしい。

 いつもクールな先輩が、叫びながら必死で起こそうとしている姿を想像して、ちょっと笑ってしまった。


「由梨さん、この後のパーティ、行けそうですかね?」


「うん。軽く演奏もできそうなくらい」


 もともとパーティでは、由梨さんが軽く一曲演奏する予定だったらしい。

 腱鞘炎がひどくてキャンセルするつもりだったが、この調子なら行けそう、とのことだった。


 腱鞘炎サポーターを外して手を振る彼女を見ていると、少しだけ心配になる。


「今、痛くないように感じているのは、鍼と痛み止めで痛みを抑えているだけですからね。無理は厳禁ですよ」


 由梨さんは頷きながら、俺の顔をじっと見てきた。


「あっ、そうだ。日野さん」


「なんでしょう?」


「連絡先、教えて! また治療をお願いしたいから!」


 そう言って、LINEのQRコードを俺に見せてくる。

 その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、綾辻先輩が間に割り込んできた。


「ヒノくんの連絡先は教えないから! 私経由で依頼しなさい」


「えー、いいじゃん。ちょっとくらい」


 なんか楽しそうだな。

 こんなふうに先輩が人と仲良さそうにしているのを、初めて見たかもしれない。

 少し一線を引くというか、いつも少し演技している感じがあるからな。


 微笑ましく見ていると、綾辻先輩がこちらへ寄ってきた。


「ヒノくんもニヤニヤしてないで、ちゃんと断りなさい! もう! さっきから鼻の下、伸ばして!」


 なんか、俺の方に飛び火してきた。


「すみません、先輩」


 とりあえず謝っておこう。

 こういう時、男は抵抗してはいけない。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 先輩の両親への挨拶は、すごく簡単に終わった。

 俺のことを先輩からかなり聞いていたようで、驚くほど詳しかった。


「先輩のお父さんもお母さんも、優しい人でよかったです」


 同棲しているんだから、一度くらいは挨拶しておかなきゃな、とは思っていた。

 半ば無理やり連れてこられた形だったけど、結果的には良かったのかもしれない。


「パパがあそこまで優しいとは予想外だったわ。ヒノくんのこと、気に入ったんじゃないかしら」


「そうなんですかね。確かに見た目は敏腕経営者って感じで、ちょっと怖そうでしたけど」


 先輩パパは、優しい親戚のおじさんみたいな態度で、俺に温かい言葉をかけてくれた。

 その目には優しさと――ほんの少し、哀れみにも似たものが混じっていた気がする。

 肉食動物に捕まった獲物を見るような……いや、さすがに気のせいか。


 綾辻家のパーティは、ホテルのホールで行われていた。

 想像より、規模がかなりでかい。

 参加者は、もしかしたら百人くらいいるかもしれない。

 このホールを借りるのに、どれくらい費用がかかるんだろうか。


 俺からすると、先輩パパは大金持ちに見える。

 だけど先輩からすると、親戚の中では『普通』くらいらしい。

 うーん、このブルジョワ集団。


 ここでは、俺はかなり場違いを感じる。

 一応スーツを着ているけど、かなり安物だし。

 でも、先輩はあまり気にしていない様子だ。


「ご飯でも食べましょうか」


「テーブルの上の料理、とんでもなく豪華ですね」


 和洋中、いろんなメニューがある。

 俺はステーキばかり取って、先輩に苦笑された。


 会場の端の方で座って二人で話していると、急に会場の照明が落ちた。

 そして、一番前のステージにスポットライトが当たる。


『では、ここで本日の主役のご登場です! 若き天才ヴィオラ奏者が大阪に凱旋してきました。綾辻 由梨さん!』


 会場が拍手で包まれる。

 大阪でのコンサートに出ただけで、一族全員で祝ってくれるなんて、優しいなぁ。

 由梨さんが一礼して椅子に座り、バイオリンで何かを弾き始めた。


 それを静かに聴く。俺の知っている曲ではなさそうだ。

 そんな考えが顔に出ていたのか、隣の先輩が教えてくれた。


「この曲はヒンデミットの無伴奏ヴィオラ・ソナタね」


「いい曲ですね」


 先輩の趣味の一つは、クラシックらしい。

 今度、コンサートにでも誘ってみよう。そんなことを思いながら、心地よいバイオリンの音に耳を澄ませた。

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― 新着の感想 ―
もう逃げられない獲物をみる目なんだろうな。多分、お義父さんも逃げられなかったんだろうな。
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