第60話 治療の評価
今日は二軍施設で、早川選手の治療評価会が開かれていた。
治療前の説明会とほぼ同じメンツの前で、俺はパワポを使って発表していた。
「治療後の早川選手のモーションキャプチャー結果が、こちらです」
今日は早川選手が一軍に帯同して関東遠征中で、不在だ。
彼を含む治療関係者には、チャットで事前に資料を共有し、質疑応答も済ませていた。
「彼の症状は症例数が少なく、数値化は難しいんですが、肩甲骨ポイントのズレという指標で見ると、80%の改善が出ています」
まだリハビリ自体は続いている。だけど、これくらい安定していれば一軍でも登板できるはずだ。
なにしろ彼は、肩がまともに固定されていない状態でも、それなりの投球ができていた。
治療前に比べてブレが2割程度まで収まっているなら、投球の障害にはならないはずだ。
犬飼コーチが口を開いた。
「うーん……この会議を主催しといてなんやけど、この報告会って必要か? 結果、出とるやん」
モーションキャプチャーを三回取っている間に、彼は一軍でも登板して結果まで出していた。
六回を投げて二失点、二死球。味方の援護もあって、二勝目だ。
裏ローテが崩壊している我が球団にとって、救世主と言える。
実績はある。
でも、『二勝』という数字は、リハビリが成功した証拠にはならない。
「勝ちって、めちゃくちゃ運が絡みますからね」
俺は定量的に、治療の効果を示したかった。
こういう治療は、定量的に効果を示さないといけない。
もちろん、選手自身の主観や勝ち数も大事ではある。
最終的には、それがすべてだろう。
だが、俺はそれなりの給料で雇われている。
モーションキャプチャーだって安くはない。彼の治療に当たっている人員の給料も高い。
経営陣は治療の効果を判断する必要がある。
主観だけじゃ、十分とは言えない。
とはいえ、この会議自体は儀式に近い。だけど、儀式ってのは大事だ。
会社は個人の意思だけじゃ回らない。だから集団で決める必要がある。
犬飼コーチはポリポリ頭を掻きながら言った。
「まぁ、GMは君の資料、喜んどったな」
編成トップのGMは一軍帯同でこの場にいないが、事前にチャットで資料を送っている。
長文のお礼メッセージが来ていた。……一方で、『今回算出した数値とコントロールの因果関係を証明する必要があるのではないか?』という手厳しい指摘ももらっている。
それは、そうだ。
直感的に関係がありそうに見えても、それが科学的に正しいとは限らない。
「まぁ、結構厳しい指摘もされましたけどね」
「いや、それはあの人なりの喜びやろ。あの人、ヤクザみたいな見た目してるけど、ああ見えてインテリやから、話ができる相手ができて大喜びちゃうか?」
確かに、最近はGMからよく相談が飛んでくる。
俺も全部を解決できるわけじゃない。頼られたからには、全力で取り組んではいるんだが……。
早川選手みたいな効果は、今のところ出せていない。
「GM、君を正規雇用にしたいらしいで」
「いや、僕は学生なんで無理です……。というか、チームドクターですら正規雇用じゃないのに、僕だけ社員になるの変でしょ」
俺は最近、球団のメールアドレスや社用スマホまでもらった……。
なんか、どんどん囲い込まれてる気がする。
最近は球団内で噂が広まったのか、コーチや選手から鍼の依頼がどんどん来る。
土日はずっと出張治療している状態だ。バイトを辞めてなかったら、対応できなかっただろう。
そこへ、チームトレーナーが遠慮がちに話しかけてきた。
この人は、ちなみに社員だったりする。
「早川選手、最近リハビリが楽しそうなんですよねぇ。日野さんに会いたがってましたよ」
お互いの予定が合わなくて、全然会えていないんだよなぁ。
実は彼が初勝利した後に、一回治療したくらいだ。
早川選手は、ここまで二勝している。
とはいえ順風満帆じゃない。一軍で投げているにつれて新しい課題も見えてきた。
シュートが抜けて右打者に直撃する癖は、けっこう致命的だ。
前回の試合でも、二球も当ててしまっていた。彼は周りから『破壊神』として恐れられ始めている。
そりゃそうだよな。150キロのシュートなんて、絶対に当たりたくねぇ。
だけど、それも個性として働いてる……気もする。
今日のスポーツ新聞には、『右打者がインコースを怖がるおかげで、一軍で通用するようになったんじゃないか』――というチームOBの評論も載っていた。
パワポ資料の説明を終えて、俺は周りを見渡した。
「じゃあ、こんなところですかね。ほかに質問ありますか」
何件か質問があったので、丁寧に答えていく。
主に、具体的な選手名を挙げた治療相談だな。
モーションキャプチャー測定はやる価値がある。ただし、即座に改善を約束できるわけじゃない――そう答えた。
料金が高い。全選手に実施するなら、上層部の許可が要るだろう。
だけど、選手にとってプラスになることは間違いない。
次々と質問に答えていく。もう出尽くしたかな……というところで、犬飼コーチが真剣な顔で手を挙げた。
「次は早川のスライダー、変化量をもうちょい上げてほしいんやが」
また、その話か。
この人は真顔でジョークを言う。だから本気なのか冗談なのか、分からない。
「僕のことを何だと思ってるんですか。そんなことできません。コーチの仕事、放り投げないでください」
俺は別に魔法使いじゃない。一つずつ原因を調べて、解決していくしかない。
多分、腕の振りか握りに問題がある。そこはピッチングコーチが見てやってください。
「うーん……日野くんなら、やってくれそうな気がするんやけどなぁ」
犬飼コーチが周りを見ると、みんなが次々うなずいていた。
まずは、鍼師にできることとできないことを、きちんと広めるところからだ。
心の中で大きくため息をついた。
だが、信頼されているのは悪い気がしなかった。




