第59話 ナイター中継
ファシアちゃん、綾辻先輩、俺。三人(?)でテレビの前に陣取っていた。ナイター中継が始まるところだ。
ウチの球団は地上波でほぼ放送されない。だから衛星放送を契約してる。先輩のクレジットカードで!
「ニャッ!」
ファシアちゃんは俺と先輩を往復して、最後に先輩の膝へ落ち着いた。
出前のピザを開けて、酒もテーブルに並べた。先輩もどこかウキウキしている。前に買ったユニフォームを着て、応援グッズまで持ってる。
「早川選手の登板、楽しみだねー!」
「今日はきっと勝てますよー!」
前回は先発して、三回で死球を四つ。四球はゼロ。それで無安打無失点という芸術的な投球だった。
調子がいいのか悪いのか、判断がつかない内容だ。
あまりに投球が危険すぎて首脳陣も評価に困り、いったん二軍で調整になった。
「僕、あの試合の前に犬飼コーチに言ったんですよ。まだ仕上がってないって」
「それを無視して一軍で投げさせたわけね」
あれから一か月半、俺は彼に太鼓判を押していた。
もう完全に良くなった。肩甲帯も安定して制御できている。
実は次のモーションキャプチャー測定も予約して、首脳陣に証明しようともしていた。
だが、それにストップをかけたのは首脳陣だった。
俺のゴーサインが出た瞬間、犬飼コーチは『検査は後でええ、とりあえずローテの穴を埋めてもらう』って言いながら、早川選手を一軍に引っ張って行った。
俺の言葉を信用してくれるのは嬉しいが、測定はさせてほしいんだけどな。
一軍に合流したせいで測定日程が組めず、地味に困っている。
テレビではスタメンが発表されていた。
早川選手は前回の三回無失点というところだけ評価されたのか、予告通り先発だった。
「あれ……相手チームの打線、全然いつもと違うな」
今日は交流戦なので、相手はセ・リーグだ。
相手チームは広いドームが本拠地で、打撃成績はかなりアレ。だが投手力がいい。守備もいい。総合的に見ると素晴らしいチームだ。
相手のスタメンは左打者、左打者……左打者。
「もしかして、打者全員を左打者で揃えているのか……?」
綾辻先輩はよく分からなさそうな顔をしている。
「なんで、そんなことをしてるの?」
「うーん、多分。早川選手が前の登板で、右打者に四つも死球を当てたからじゃないですかね」
早川選手は前回はコントロールが定まらず、ストレートが右に抜けることが多かった。
当然、その先には右打者のバッターボックスがある。
158キロのストレートが打者に直撃した。
綾辻先輩はよく分かってない様子。
「ふーん、デッドボールって塁に出れるからラッキーだと思うんだけどね!」
「158キロの硬球、普通に骨が折れますからね。相手は怪我を嫌ったんでしょうね。右打者を並べるより、死球のリスクが低い。」
三回で四つも当てるのは、さすがにヤバい。
もはや、それは野球として成立していない。
早川選手はネットで『ナニワの破壊神』なんて不名誉なあだ名を付けられたほどだ。
しかも、後続をなぜか華麗に抑えていたので、死球を受けた選手は、当てられ損で終わった。
前の試合は乱闘寸前になったんだよなぁ。
それでも俺は言い切れた。
「今回の早川選手はデッドボールなんて一回もしませんよ。見ててください」
彼は天才だ。
トミージョン手術から復活した彼は球速を手に入れた。
そして、リハビリでコントロールも取り戻したのだ。
二軍での登板を舞洲の二軍球場まで見に行ったが、本当に素晴らしい投球をしていた。
テレビでは早川選手が投げる。
外角高めギリギリに決まるストレート。
そして、少ししてから球場がざわめいた。
テレビのカメラにバックスクリーンが映し出される。
――160キロ。
素晴らしいコントロール。素晴らしい球速。
前回の彼とは全く違って見えた。
実況と解説は大興奮していた。
『早川選手、自己最速160キロ達成です』
『キャッチャーの構えたところに吸い込まれていきましたねぇ』
まだまだ彼には弱点がある。
一軍級とは言い切れない。良くて一軍半だ。
変化球のコントロールは甘い。それに右打者を抑える上で主軸に組まれることが多いスライダーの変化量が小さい。
そんなことを犬飼コーチはぼやいていた。
期待に満ちた目で俺をみていたが、俺をなんだと思ってるんだろうか。
俺がいくら鍼治療が得意だからって、スライダーの変化量を上げるツボなんてものはない。
ただ、それは右打者相手の時の話だ。
彼のシュートは素晴らしい。左打者が非常に得意だ。
相手チームはそれを分かってると思う。
その上で、怪我を避けるために左打者を並べたんだろう。
「だけど、それは悪手な気がするなぁ」
相手はもともと打撃が弱いチーム。左打者だけ並べたら、打率はさらに落ちる。
俺は負けないと思う。
そして、その確信は当たっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
七回を投げて無失点。もちろん無死球だ。
彼はプロ初勝利を挙げた。
ヒーローインタビューの彼は目が真っ赤で、言葉がつかえていた。
クールな彼しか見たことがなかった。俺は目が離せなかった。
彼のプロ野球人生は、怪我とリハビリしかなかった。
ドラ一指名後の検査で深刻な故障が見つかった彼は、春季キャンプにすら合流できず、手術を受けた。
『球団にようやく貢献できて嬉しいです』
崩れた表情のまま絞り出した言葉が、胸に沁みた。
彼の肩にのしかかった重すぎる期待。
競合の末に引き当てた彼へは首脳陣、ファン、選手たちの熱い視線が向けられていた。
すべてが特別待遇だった。
どれだけ苦しかっただろう。
でも、今夜。彼はようやくチームの一員になれたのだ。




