第41話 品評会
パーティーが解散したあと、自然な流れでチームドクターと犬飼コーチの肩の状態を確認することになった。
言ってしまえば、肩の品評会のようなものだ。
施術を担当したのは、チームドクターの友人らしい。
その友人の『作品』を俺が繰り返し褒めたものだから、彼はすっかり鼻高々だった。
整形外科医には、患者を作品扱いするという、少し困った悪癖がある。
一般人からすればギョッとする言い回しだが、患者の前で露骨に口にすることはまずない。
医者の世界では、こうした表現が案外普通だ。
実害があるわけでもないので、許してやってほしい。
「手術してから三ヶ月にしては、かなり経過がいいですね。
筋と骨の間に線維ができ始めている。ただ……リハビリは、少し控えめですね」
よく誤解されるが、整形外科の手術というのは、メスを入れて終わりではない。
――むしろ、終わってからが本番だ。
思考をつい口に出してしまった俺に、チームドクターが胡乱な目を向けてきた。
「なんで、肩を服の上から見ただけでそこまで分かるんですかねぇ。
まぁ、ヒノくんの言う通り、経過はかなりいいですよ」
「先生、リハビリが慎重すぎるので、肩周りをもう少し解してもいいと思うんですけど。どうですかね?」
「ヒノくんに任せるよ。君なら悪いようにはしないでしょ。
この人、忙しすぎて理学療法士のところに、あまり通えてないみたいだし」
――なるほど。
リハビリをサボってるから、肩周りが無駄に硬いわけか。
じゃあ、遠慮なくやらせてもらおう。
間隔を測りながら、鍼を打っていく。
手術から完全には回復していないため、直接的には刺さない。
あくまで、周囲の筋肉を解していくだけだ。
肩というのは、一本の筋肉が萎縮している程度では、動きに致命的な支障は出ない。
周囲を解せば、可動域はまだ伸びる。
「終わりました。今日は控えめバージョンです。
運動制限は特にありませんよ」
「あぁ……ヒノくんの鍼は、やっぱり効くわぁ」
そう言いながら、犬飼コーチは肩をぐるぐると回している。
「ちゃんとリハビリには行ってくださいね。
鍼だけでは、手術部位そのものの修復まではできないんですから」
しばらくは、他愛のない雑談が続いた。
だがそのうち、犬飼コーチとチームドクターの間に、どこか牽制し合うような緊張が混じり始めた。
やがて、チームドクターが口を開く。
「じゃあ……例の話は、コーチからお願いします」
犬飼コーチは急に真顔になった。
談笑モードから、一気に真剣モードへ。
相変わらず、この人は感情の切り替えが極端だ。
「ヒノくん。
ウチの非常勤顧問として、勤務してみてくれんか?」
「……え、僕ですか?」
「上が、キミの腕を評価してるらしくてな。
月に二回くらい、来てほしいんや」
そう言って、条件がまとめられた紙を差し出される。
月二回の割には、給料はかなりいい。
追加出勤にも、きちんと対価が支払われるらしい。
契約書の雛形まで用意されていた。
金額を見る限り、医師か何かの契約書をベースにしているようだ。
評価されているのは、正直嬉しい。
ただ、細かい契約内容までは、少し分かりづらかった。
「……ちょっと、ウチの契約担当を呼んできてもいいですか?」
了承をもらい、先輩を探す。
寝室に行くと、先輩はファシアと遊んでいた。
いや、遊んでいるというより――
ファシアによく分からない着ぐるみを着せている。
……何をやっているんだ、この人。
しかもファシアも、ほとんど抵抗していない。
嫌なら抵抗しろよ、とは思うが。
「あ、ヒノくん。見て見て。
これ、猫用のライオン着ぐるみなの! かわいいでしょ」
確かにかわいい。
顔周りのフサフサがやけにリアルで、ミニライオンみたいだ。
だが、ファシアは哀れそうな声で鳴いている。
「……これ、どうしたんです?」
「この前、ネットで買ったの!」
一瞬、何のためにこの部屋に来たのかを忘れかけたが、なんとか本題を切り出した。
「球団から、非常勤顧問をやらないかって話が来てて。
契約内容、チェックしてもらいたいんです」
「そうなんだ。じゃあ、見に行くね!」
そう言って、先輩はファシアを俺に渡し、リビングへ向かった。
腕の中に来た瞬間、ファシアが全身で拒否するように暴れ出す。
着ぐるみを脱がせてやると、今度は抗議するように猫パンチを連発してきた。
それは、さっき先輩の腕の中にいた時にやってほしい。
俺の腕の中では、急に態度がデカくなる愛猫。
完全に舐められている気がする。
ファシアを抱っこしたままリビングへ行くと、先輩は契約書を真剣な顔で読み込んでいた。
「あ、ヒノくん。
これ、いいんじゃない?
出勤日だけ、調整が必要かもしれないけど」
かなり条件のいい契約らしい。
出勤日は土曜にしようかな。
バイトを一日潰すことにはなるが、それだけの価値はある。
用事がある時は、連絡して、平日に振り替えてもらえばいいだろう。
とりあえず、NDAだけは締結することになった。
気を遣ってくれたのか、書類は先輩の分まで用意されている。
残りの細かい契約は、書類の都合で後日だ。
「いやー……
僕が球団の一員になれるなんて、正直嬉しいです」
「キミは将来、絶対に大物になる。
青田買いしとかな、って首脳陣と話してたんや」
その後、春季キャンプの入場証までもらった。
元から見学に行くつもりではあったが、これは素直に嬉しい。
これがあれば、いろんな選手を間近で見られるだろう。
そして犬飼コーチは、少しだけ間を置いてから、申し訳なさそうに前置きした。
「まだ契約前で悪いんやけどな……
春季キャンプで、ちょっと見てほしい選手がおるんよ」




