喪失の別れ
「やめろ……やめてくれ……。リーナも俺の手を離せよ! 止めなきゃ」
このままでは本当にケバルライがプランシーに殺されてしまう。
俺の手を握りしめるリーナへ必死に呼びかける。リーナが動いてくれれば――動けない俺に代わってケバルライを助けてくれれば……。
「ここで動いたら全部おしまい。ロージスが国に目をつけられて反逆者になる。ロージスが生きていくには助けちゃ駄目なの」
答えは無情にも動かないことを選び取ったものだった。
「何で割り切れんだよ! ケバルライは友達だったんだろ!」
「それでも、私はロージスのほうが大切。ここでロージスを止めることが、この先を生きるうえで必要なこと」
蹲る俺の横に足音が近づくと、ヘイルが俺を見下ろすように立っていた。
「そうですよ。ロージスさんが動くということは守護団の、ひいては国の意思に背くということ。守護団所属でそのようなことをしてしまえば処刑もあり得ます。私たちとしては他の何よりもそれを避けなければならない。分かりますね?」
「分かんねえよ! プランシーも振り上げた剣を下ろせ! やめろ。殺すな! 俺の知ってる人を――」
これ以上殺さないでくれ。
顔を上げてそう叫ぼうとした時、ケバルライの顔が目に入った。
「ロージスさん。酷いこと言ってごめんなさいっす。友達と言ってくれて嬉しかったっす。今だから分かるっすけど、ゾスマのことを許さないでください。彼奴を殺して」
先程まで気丈に振る舞っていたケバルライの表情は青褪めて四肢も震えが止まらなくなっている。
その顔はなんだ。どうして急に人間らしい表情と感情を出し始めたんだ。プランシーは剣を振りかぶって何かを呟いている。失敗しないようにと誰の声も聞こえていない。
ゾスマを妄信的に信じていたケバルライがどうしてアイツを殺すように言うんだよ。何が起こってんだよ。
何一つ分からない。誰が何を考えてどう行動しているのか。
なんで誰もケバルライを助けようとしない。守護団の面々は笑いながらケバルライの首が飛ぶのを待っている。リーナたちは俺の未来が不利になる現実を受け入れて動くことはない。
俺は友達が殺されるかもしれないっていうのに、怖くて動くことができない。
「なにを……。なんで今さらゾスマの名前を言ったんだよ! 死んだら聞けないだろ! 事情を話せるヤツが生きてないと何も分かんねえだろうが!」
俺の慟哭など、この場の誰にも届きはしない。
「ごめんなさい。ロージスくん。ケバルライさん」
そして静まり返った倉庫前に、嫌なほどプランシーの声が響く。大きく叫んだわけでもないのに、音のない場所では正確に声を捉えてしまった。覚悟を決めたプランシーの声、気がつけば彼女の剣は震えが止まっていた。
「お別れみたいっす。私はロージスさんのこと恨んでいないので死んでも悲しまなくていいっすよ」
シルキーの死だってまだ理解できていない。人伝に聞いただけで信じられるわけがない。
だが、目の前で首を落とされる姿を見てしまえば自分に言い訳のひとつもつくことはできない。
なんで俺の身体は動かない?
怪我をしているわけでも、四肢が朽ちているわけでもない。全身から力が抜けているように、俺の思考と切離されてしまっている。脳が必死に動けと命令しても、身体が動くことはない。
「嘘だよな……。こんな所で死ぬなんて、そんな事」
「嘘なら良かったんすけどね。案外現実っていうのは残酷みたいっす。……死にたくないなあ……。お母さん……お父さ」
バシュッと空気を切り裂く音が聴こえたと同時に、ケバルライの頭部が地面へと転がり落ちた。
プランシーの言葉を聞いている最中、プランシーによって振るわれた剣は一瞬の支えもなくケバルライの首を切り落とした。死にたくないと産んでくれた両親に願いながら一瞬のうちに命の灯を他人に消されてしまったケバルライ。
首がなく、直立している胴体はプランシーが倒れないように支えていたが、地面に転がる頭部は二度転がると、蹲る俺を見るようにして動きを留めた。既に目からは虹彩が亡くなっており、物とかしたケバルライと目が合った。
「ケ、ケバルライ?」
一目見れば彼女が死んでいると理解できるはずなのに、俺の頭は必死に否定する。首からは血が流れ出ており、地面へと染みを作っていた。
呼びかけても、元気のいい声で、軽快な返答は返ってこない。
「はあ……はあ……。殺してしまった……。人を……私の手で……」
「よくやりましたね、プランシー。守護団に入ってから人を殺すことのなかった貴方もやっと一人前と言えるでしょう」
「俺がやってもよかったんだが、プランシーがやるって言ったんだからな。人を殺したのを俺のせいにするなよ?」
「中は片付いていますし、これにて共存派の一掃は終わりですね。逃げ出したゾスマやほかの共存派に付いても調べが付き次第処理していきましょう」
こいつらは目の前で人が死んだとしても何も感じることのない悪魔だ。自分たちの行為を正当化するあまり、民衆が死ぬことも当たり前として受け入れている。
プランシーもそうだ。守護団でありたいがためにケバルライを殺したんだ。俺のためだ何だと言いながら、ぬるま湯に浸かるために自らイバラの道を選んだに過ぎない。
ケバルライが死んだと心が認識して、始めて俺の身体は自由になって動き始めた。
手を伸ばして触れたケバルライの頬は徐々に体温がなくなっていく最中で未だに生きているようだった。命があったはずなのに一瞬の間に物言わぬ塊になってしまった。
全部、守護団と国が悪いだろ、こんなもの。
国に対して反逆の意思があるから皆殺し。それが通るなら民衆は国に提案なんて何もできない。独裁のもので顔色を伺いながら生きていくしかない。
自分たちの未来を、自分たちの手で掴み取ろうとした民衆が国に殺される。
その中にいた友達が目の前で斬り殺された。
信じられないんだ。
ケバルライが死んだことも。
この国と守護団のことも。
「……リーナ」
「ロージス、その、なんて言えば……」
リーナは俺の様子を探るようにオドオドしていた。
やることは決まった。ケバルライが死ぬ覚悟を決めたように。
「俺の手を握れ」
「え?」
「俺の手を握れって言ってんだよっ!」
俺の叫び声が倉庫を包み込む。既に見物していた団員たちは倉庫内の処理へ向かっており、屋外にいるのは俺たちとプランシー。そしてグランドだけだった。
声を聞いたリーナは反射的に俺の手を握る。
「待って、今武器になるのはまずい」
リーナと手を合わせた瞬間脳裏に言葉が浮かぶ。
アーティファクトを武器化させるためには互いの心が通じ合っていなければならないはずなのに、何故か初めて契約をした時のように唱えればいい言葉が自然と分かった。
「『静かなる炎。怨嗟の渦に灰も残らぬ』」
「ロージス、それは駄目。唱えるのをやめて」
リーナの言葉は聞こえない。
ただ目の前の敵を見据える。
「『花弁を散らすが如く、命を散らせ。花を手折るが如く、その身を刈り取れ。激情の白に身を焦がせ』」
「『静謐なる炎』」
俺はリーナの真名とは違う何かを唱えた。
その瞬間、リーナの姿は光り輝き、俺の右手には一本の剣が握られる。
いつもの真紅を思わせる紅の剣ではなく、汚れひとつない冷徹さを見せる純粋な白い剣だった。




